相良刺繍

相良刺繍を体験させていただきました。といっても、柄をつくるなんて…そんなレベルではありませんが、やってみて判ったことがありました。

大きさを揃えた刺繍は難しい。

この単純な作業…といいたいところですが、キレイに大きさをそろえ、向きも変えて刺すことによって表情が変わるということを知りました。

蘇州、スワトウ、相良刺繍は、三大刺繍と言われている一つだそうです。

 

ちゃんとやり方も動画であるのですね。

美の壺 刺繍

奢侈禁止令(しゃしきんしれい)という江戸時代の法令。金糸を用いた刺繍がほどこしてある品物や、鹿の子絞りなどを用いたキモノなどは、町人には贅沢すぎるということで禁止令が出たのでした。

江戸時代、段階を経て禁止令が続々出ているようですが、着用され支払われる工賃があるからこそ現代に残った技術ですね。

 

日本 相良刺繍(縫いつぶし)の紙入れ(江戸後期)

スゴイ…と思わずビックリしました。江戸時代のものが残っているのですね。

 

刺繍には見えない…

こちらは刺繍とわかりますね。

 

日本では刺繍される方が減っている…と言われていますが、素晴らしい技術。

江戸時代にあった贅沢品たちは、現在は後継者がいないものも多々あるかもしれませんね。

どの時代にしても日用品とは言えない技術ですね。途絶えて復活させるのは大変と伺います。いろんな技術が途絶えてしまわないことを願いますが、伊勢神宮は途絶えてしまわないようにとそれぞれの職人さんたちが雇われているのです。どの時代も途絶えたりする可能性が見えていたのでしょうね…伝えることが組み込まれている祭事。

 

 

大島紬

昨日、着物で着物屋へ出かけていきました。
洗い張りに出していた着物は出来上がっていないかなぁ…?という思いなどをもって。
出来上がっていたのですが、量が多くて…持ち帰るには難しかった。

ただ、その日にきていた着物。実は、働き始めて最初の頃に購入したもの。
帯はどこの産地なんだろう…?など、まったくの無知のまま購入していたものでした。
洗い張りに出していたものも、そんな感じ。
教えてもらおう~って、産地等を教えていただきながら、やはりその道のプロに伺うのが一番だわ…と思わされました。

そうやって、自分の持っているものについて教えていただきながら、言われたのは「これは今となっては作れない」など…。
技術を持っている人がいなくなった(他界した)とか、後継者がいない話を多々伺いました。

大島紬についても、白大島は、健康上の配慮から作業時間に制約がある…知りませんでした。


よくわかる!大島紬
というサイトに大島紬の分類が書いてありました。
大島紬村
本場奄美大島紬協同組合
本場大島紬

本場大島紬認定伝統工芸士

インターネット上では検索しても見つからないと言うことだけはわかったのですが、2点。気になって後から調べたいことを書きます。

その1 白大島を織る?作業は、目に悪いと言うことで、作業時間制限がかかっていると言うこと。
その2 作業時間制限により織ることを身に付けても生活費として収入が得にくいので後継者が生まれにくいということ。

伺ってわからない…って、どうやったら調べることができるかの方がわかりにくい話ではあります。
だけど、世界遺産に登録されている数が日本は少ない…という話を伺うのですが、富山製糸工場など遺産…確かに遺産だけど、使われていない建造物の世界遺産登録より、様々な伝統工芸品として登録して残す努力をしている…かもしれませんが、世界遺産として登録されて残されていく方法を検討する人たちを増やす…そんな努力をする必要があるのでは?と考えさせられました。
日本の世界遺産に登録されているものはイタリアなど他国に比べると少ないとか。
今は増えたかしら?

染色する技術もできる人がいなくなっている…など、どの分野も確かに「伝統工芸品」ということで日本として残す努力をしているかもしれません。だけど、世界単位で見ても素晴しいものは…国を超えて残るために取組めるようになるといいなぁ…と思わされたのでした。

1964年日本のオリンピック公式服装

アイビールックの本来の意味とは、日本では違う??? 

アメリカ東海岸の有名私立大学8校に、全米から良家のエリートが集まっていました。(います?)

1960年代に、その人たちが伝統的な装いをアレンジしたファッション。

この人たちは、その後、経済界など様々なところで、そのファッションで立ち振る舞う…という感じで、アメリカの社会ではステイタスに。

日本に、アイビールックを石津謙介さんが伝えたと言うのは本当なのかな?

 

この石津さんは、ファッションデザイナーで、東京オリンピック日本選手団の赤いブレザーをデザインした人って紹介されているサイトをよく見かけていましたが、実は違った…という記事を拝読しました。

実は違ったのか、単に勝手にそう思って広まっていったのかはわかりませんが、次のような文章を拝読しました。

真紅のブレザーに白のスラックス。1964年の東京オリンピック開会式で日本選手団が着用した「日の丸カラー」の公式服装(開会式用ユニフォーム)は、服飾デザイナーの石津謙介がデザインしたとされてきた。「石津デザイン」の記述は、現在もJOC(日本オリンピック委員会)や公的機関のホームページに掲載されている。ところがその通説とは異なり、実際にデザインしたのは東京・神田で店を構えていた望月靖之という洋服商だという資料や証言が数多くある。望月とは誰か。なぜ石津デザイン説が広まったのか。

デザイン  望月靖之

製作     ジャパンスポーツウェアクラブ

生地    大同毛織

これらがちゃんと当時は明記されて紹介されていたと。

 

望月氏とは?

デザイナーでも仕立て職人でもなく、営業を得意とし、戦後間もないヘルシンキ五輪のときは素材の調達から縫製まで、テーラーの仲間を募って製作に当たらせた方だとも書かれていました。しかし、山梨県鰍沢出身の服飾デザイナーであったという記事もありました。本当のところはどちらでしょう?わかりません。

彼は1952年に日本体育協会からヘルシンキオリンピックのブレザーを依頼され、以降メルボルン、ローマ、東京など、日本選手団の公式ブレザーを約30年に渡って担当されていたそうです。

 

石津さんは、大会関係者用の各種ユニフォームのデザインを手がける仕事しかなかったそうで、デザイナーとしてやりたかった仕事だろうって感じですね。そのような話が、書いてあるサイトがありました。

1964五輪ブレザー巡る「暗闘」を知っているか 国の威信をかけた「日章旗ブレザー」誕生秘話

望月氏は、ヘルシンキ五輪で着用されたブレザーを、スポーツの宮と国民に親しまれていた秩父宮殿下にお見せしたところ、「これはブレザーではない、単なるユニフォームだよ」と言われてしまったことがあったのだそうです。

 

次のような文章が紹介されていました。大元の本『ペダルを踏んだタイヤの跡』(望月靖之著)なのかな?こちらを読んで理解努力すれば、次の言葉を誰が言ったのかということがわかると思うのですが…上記サイトを確認しただけでは、秩父宮殿下の言葉なのか、他の誰かの言葉なのか…ページが変わっているのに主語がない文章だったのでわかりかねます。ただ、内容的には秩父宮殿下の言葉として解釈できるように思えます。

「選手が一度しか着ないのはもったいないかもしれないが、言葉の通じない国際大会で国をアピールするのは服装だ。開会式に着るブレザーはスポーティでありながらフォーマルでなくてはならない。色は日の丸をヒントにしたらどうだろう。それを調整するきみの責任は重い」

 

TOKYOオリンピック物語 (小学館文庫)はまだ売っている本ですが、あとは図書館で探すしかないかもしれません。

 

望月を叱咤激励された秩父宮様は1953年に惜しくも薨去(こうきょ)されたが、国立競技場には秩父宮勢津子妃殿下がご臨席され、東京ブレザーの晴れ姿を見届けたのである。

こちらの文章は、「6年後の東京オリンピックを控えて1964年の東京ブレザーをおさらいする」という記事より。

 

既製服が台頭してきた時代だったとはいえ、国の威信をかけてという面が強く、さらに、復興アピールと共に日本のすばらしさを強くアピールしたい思いというのは明治維新以降の感覚と大きく変わっていなかった人達が生きていた時代だろうって思います。新しい感覚では、機能性を重視して表現することを受け入れられても、おそらく当時は紺・グレースーツ絶対の服装規定時代のハズ。公私分けて考えるということと、日本を国際社会の一員として恥じないという姿を伝えるには、適切にフォーマルスタンダードに沿った服装を色が違っても行うことをしたのは理解できると思いました。

アイビールックの開会式ユニフォームだったら恐らく…本当に使用されたモノよりも動きやすいでしょうけど、実際はイギリス式のテーラードということを知りました。

 

ピタード社

長年、実はご縁がなかったもの…手袋。買っても使わないから、久しく持っていませんでしたというか、腐らないから一つ持っていると使えるかなぁ~って増やすことがなかったもの。

だけど、今年は使っているのを拝見…というのか、私もちょっと使ってみようかなぁ?って気分になったからかなぁ…販売しているのを見てみる気になりました。

赤い皮の手袋が目に入ってきて、かわいい~と
手を伸ばしたのでした。

実は手袋使わない理由は二つ。
ひとつは、実は全然手が冷えない。冷え性でもないし、温かい手キープ…気功をしてからかなぁ…足先は冷える事はあるけど、手は寒くても大丈夫。
もうひとつは、指が短いから、ちょうどいい大きさで気に入るものに出会いにくい…。

そんな私ですが、サイズもちょうどいいサイズで、ビックリ。
「指ショート」とわざわざ書かれていました。

これはご縁と購入した後に、使用しようと思ったらFUTURAⅡとタグが付いてました。

ピタード社製の最高級品質のよう皮を使い製造されたものです。

と書いてあって、ピタード社って?

世界中でその高品質、優れた技術力で知られているピタード社はその技術を最も柔らかなラムスキンで次のような特性を持った手袋用皮を生産することに応用しました。
なんて書いてあります。また、次のような文章も。

ピタード社製羊革は全てドイツ厚生省のAZO基準をクリアーした環境、体に優しい天然比較です。
そこで、ピタード社が気になりました。
バックの革も、以前、どこどこの革が有名で…なんて、革のレベルから話されても分からないけど…って思っている私ですが、それも記録していたはず…?
とにかく、単に革なら何でもいいのではなく、どこの会社が革にしたのかも大切なんて…こだわりはないけど、何がそんなに違うのかな?って興味はあり。

英国ピタード社のシープスキン

レーシングスーツに羊の革が使われているってことを知りました。
PITTARDS
結構、手袋とこの会社名でいっぱい検索に引っかかる。ということは、有名なんだろうなぁ…って知らなかったので、学ぶ機会になりました。

プチ制服化現象

これは以前入力した気がするけど…消える前だったのかもしれない。

 

今から何年前の新聞の記事なのかも記録をとっていないけど、今や普通?

 

古館伊知郎のTV的職業病

プチ制服化現象

個性的?実はみんな同じ

目からウロコが落ちるとはこのこと。消費不況直撃の最中、大手デパートで今、売れに売れているものがあるという。それは女子高生の制服だ。

いや、厳密にいうと制服ではない。従来の制服は、それぞれの学校指定の文字通りの制服だったが、今売れているのは限りなく制服っぽいデザインの私服。紺のブレザーにチェックのスカート、襟元にはリボンという名門私立校風のデザインで、伊勢丹では「自由服」と呼んでいるらしい。

制服と私服の間に自由が存在するのか?私の硬直化した脳はこの現象を理化するのにちょっと時間がかかる。私の高校時代など制服こそが不自由の権化。したがって怒られるのを覚悟で学生服の下にわざわざ赤いセーターを着ていって、金ボタンを二つぐらい外して画一化に反抗したつもりになっていた。しかし、それはあくまで学校という組織の中でのアピール。「自由服」を選ぶ現代の女子高生は完全に外へ向けたアピールだ。

世間では女子高生ブランドを押し出したほうが注目されて得をする、という戦略。彼女たちは重大にして、すでに市場原理というものを学んでいる?我々の世代が埋め込まれた「自由」だの「個性」だのといったたちの悪い幻想に惑わされていない。どうせ個性なんて大したことない。だったら女子高生というグループへの帰属を前面に出した方が「ヨクナクナイ?」というわけだ。

このプチ制服化現象は、勝手気ままな私服全盛とみられがちなTVの現場にも実は蔓延している。一見それぞれが自由で個性的なふりをしつつ、よく見るとスタッフからタレントまでみんながみんなTシャツを着ている。まるで襟付きのワイシャツ、ポロシャツの類は厳禁というルールでもあるかのようだ。もし襟付きのシャツをはおっていたとしても絶対にその下にはTシャツを着ていて、しかもシャツのボタンは一つもかけず、Tシャツを丸見せにしている。もし本当の自由人だというなら、「少年の心のままに」詰襟の学生服でスタジオを仕切るディレクターが一人はいてもいいはずだ。

かつてサラリーマンの事実上の制服といえば「どぶネズミ」の背広一色であった。しかし、今は昔よりオシャレ。中間管理職系には相変わらずどぶネズミ系が多いが、CEOなんて言葉が流行りだしてからだろうか、役員クラスはオシャレな黒系のダークスーツが主流になり、一方若いサラリーマンはダーク系3つボタンにダークカラーのワイシャツ、同じくダークなネクタイというスタイリッシュないで立ちが台頭している。

しかしこの現象は一つだった制服が立場によって三つに分かれただけの話。これはまさに、光り物とくくってしまえば一つだが、アジとサバとイワシにそれぞれの立場が分かれるのと同じだ。そして同じ種類の魚が群れで行動してくれるからこそ一網打尽で網に引っかかる。そのあたりの原則は海の魚も陸のヒトもあまり変わらないという大自然の法則を私は完全に理解できた気がした。

 

 

とりあえず…いつの新聞から切り抜いたのかわからないけど、5年以上は経っている気もする。

 

多分、8年~10年前の記事では?って思います。

 

制服の概念はいろいろとあるのでしょうけど、制服みたいな私服を着て、高校生という枠組みに入る…それを崩して着る…女子高生が幼稚化しているなぁ…と、読んだ記憶あり。それなのに、そこからいきなり就職…大学へ行ったとしても…4年で就職…

「かわいい」ものが売れるのも、納得…と、世界中での傾向なのでしょうか?

 

制服っぽい私服を着るという気がしれないなぁ…って思っていたけど、たとえ私服だとしても、確かに20代の人が着ていたら…本人もきついなぁ…って感じているでしょうねぇ…とAKB48などを見てしまいます。

そんな制服っぽい格好をしないと、20代も10代も違いないような…そんな化粧をして同じような服を着て…ある意味、早く大人になりたい…というのか、大人として化粧する?一方で、短いスカートの制服もどきを着るとチグハグで…気持ち悪さを感じたりもするのですが、改めてこの記事を読んでいたら、親も服装低年齢化しているかもなぁ…。

好きな服装を着ているだけ…か。とも思いました。

 

きれいに着ることからうまくできないなら、立ち振る舞いも着方に合うよねぇ…というのは、イマイチ感いっぱいに感じます。

遠めで昔ではよく見かけたフォーマルスタンダードなスーツ姿の若い女性を見ると、どんな人だろう?と興味を持つくらいにズレテイルなぁ…がいっぱいで、きれいに歩いていたら本当に感動してしまうのでした。

今は東京どうなっているのかなぁ~?