どうやったら?

投稿した画像等を見ることができないでいる…と本人が一番困っているカモ?

そんなわけで、データはあるのですがどうやったらいいかわからずにいます。

仕方ないなぁ…。

他の方法を学ぶしかない?そんな気持ちでいっぱいですね。

パフォーマンス評価

昨年夏に受講した研修会記録。

2016年12月21日に出た答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」より。

「資質・能力のバランスの取れた学習評価を行っていくためには、指導と評価の一体化を図る中で、論述やレポートの作成、発表、グループでの話し合い、作品の制作等と言った多様な活動に取組ませるパフォーマンス評価などを取入れ、ペーパーテストの結果にとどまらない、多面的・多角的な評価を行っていくことが必要である」

新しい学習指導要領の考え方-中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ-

各教科等において習得する知識や技能であるが、個別の事実的な知識のみを指すものではなく、それらが相互に関連付けられ、さらに社会の中で生きて働く知識となるものを含むものである。

基礎的・基本的な知識を着実に習得しながら、既存の知識と関連付けたり組み合わせたりしていくことにより、学習内容(特に主要な概念に関するもの)の深い理解と、個別の知識の定着を図るとともに、社会における様々な場面で活用できる知識として身に付けていくことが重要となる 。

キーワード

「逆向き設計」論

パフォーマンス評価

主体的な学び、対話的な学び、深い学び

 

 

できるだけシンプルに

シンプルのレベルが難しい話だった。

 

画像貼り付けがやっぱりうまくいかないなぁ…と思わされるので、やっぱりちゃんと見てもらわなきゃいけないなぁ…

 

ギャベ GABBEH

2010年に無形文化遺産に登録されていたんだなぁ…と、それを知りませんでした。

だからかな?やたら販売されているなぁ…って思っていたのです。

要するに、それを機に知られるようになったってことかな?

GABBEH

2010年、ギャベはユネスコ世界無形文化遺産に登録

イラン・イスラム共和国の南西部に位置するシラーズ州を遊牧する部族カシュガイ(カシュカイ)族、ルリ族などによって織られる遊牧民の手織り絨毯の略称

もともとは、山岳地帯を移動する彼らの生活の中で、羊の毛をざっくりと織ってふかふかに仕上げて、ベッドとして使うために織られてきた手織り絨毯

このサイトの会社の展示を拝見したのでした。

ギャッべを織るカシュガイ族は単一民族ではなく、5部族(カシュクリ族、シシブルキ族、ダルシェリ族、アマレ族、フェルシマダン族)の連合体

と、書いてあったのですが、どちらのサイトの記載が正しいのでしょうか???

図を探すために検索していたら、ギャベ風がたくさんありましたね。

だから、どれが本物なのだろう…?わからないなぁ…と思いました。

本を読むと詳しくなることができるのかなぁ…

 

私が知ったときは、作り手が他の仕事をした方が収入がいいので、大変な手作業を辞める人が増えているので…なんて伺っていたのはこれじゃないのかなぁ…?と思いながら、たくさん出回っている理由が世界遺産登録だったんだなぁ…と理解しました。

食材と向き合う

実は、長い間、探していた情報の一端を発見できました。

 

どこに書いておこうかなぁ…

 

改めて、本文をPDFにしてリンクするつもりで、必要事項だけ…というか、記録まで。

 

「ご飯粒を残すと、目が潰れる」

実は初耳でした。

だけど、書いてある文献には、「この言葉は、ほとんどの方がどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。実際、食事に関するしつけの際に語られることの多いフレーズである。」と書いてあったのです。

最初の三行がこれで、なんて決めつけで始めた文章なんだろう…と思いました。しかし、とりあえず、読んでみるとしたところ、結構、知りたかったことに近いことでは?と思われることを書かれていました。

 

私の母はキレイに食べることができていないときに言っていた言葉で覚えているのは、「仏教の家なんだから」でした。ちゃんと残さず食べなさいと。ご飯粒一粒までも…でした。

 

ん…

 

わかりませんでした。

正直、仏教の家は残してはいけないんだ…という疑問だけが残っていました。

ただ、読んだ文章には、なぜご飯粒を残すと「目」が潰れるかが書いてありました。

そして、「日本人の米食文化を支える米農家さんに対して感謝」や「あらゆるものに命が宿っているとする伝統的なアニミズムの観点」から、「ひとつひとつのお米の命を無駄にしてはもったいない」といった感覚が存在するとしながらも、目が潰れるのかという疑問に対して直接答えていないとして、ちゃんと直接答えているあたりが有難かったのです。

 

『典座教訓』の中で、道元禅師が北宋時代に活躍した保寧山仁勇禅師の「眼晴なる常住物を護惜せよ」という言葉を引用しながら、「米や野菜などの材料を人間の目のように大切にしなさい」と述べられているのだそうです。

そして、存じ上げない方ですが、長野県で青少年の教育に携わってきた奥村秀雄さんというかたが、ある公園の中で次のように語っているそうです。「ご飯を粗末にするような子には、そのものがどんな命を持っているかという本質を見抜く心の窓が曇るということを教えた」と。「つぶれる目」とは、食にまつわる構造や背景を見渡すことのできる「心の目」であると位置づけられていたのだそうです。

あるがままの視野を持つ「心の目」を養うというところだと書かれていました。

 

書き進めるには時間がないので、とりあえず…これでスッキリ!と思ったのでした。

 

母の実家の…ご先祖様?何代前かの方か、江戸時代?僧侶に儒学なのかなぁ…何かを教えていたようなことを聞いていて、取りあえず「〇〇先生」なるお墓があるのですが、母に至ってはダメということは覚えていても、なぜ…ということはよく覚えていないこと多々。まぁ…今となっては歳ですし…。最悪、知りたかったら、その町の郷土史の本を開いたらどうにかなるかもなぁ…と思えるのは祖母が「この本に載っていた」と教えてくれていたから。

母方は曹洞宗であるということは覚えていたので、私が読んだ文章を書いていた人も曹洞宗だから多分大元は一緒なんじゃないかなぁ…ってね。

 

伯父などに伺うともしかしたら、理屈持って知っているかもしれないなぁ…とは思いましたが、なんで仏教だったら米粒を残してはいけないのか?茶道の食べるルーツも仏教だから、食べ方で米粒を残すことは言われることだよなぁ…と思いながら、何に出てくることやら…知ることができたらいいなぁ~くらいでしたが、少しスッキリしました。

典座の心構えとしての「三心」

喜心

老心

大心

これは覚えておきたいなぁ…と目にして読むことができて感謝です。

 

 

 

相良刺繍

相良刺繍を体験させていただきました。といっても、柄をつくるなんて…そんなレベルではありませんが、やってみて判ったことがありました。

大きさを揃えた刺繍は難しい。

この単純な作業…といいたいところですが、キレイに大きさをそろえ、向きも変えて刺すことによって表情が変わるということを知りました。

蘇州、スワトウ、相良刺繍は、三大刺繍と言われている一つだそうです。

 

ちゃんとやり方も動画であるのですね。

美の壺 刺繍

奢侈禁止令(しゃしきんしれい)という江戸時代の法令。金糸を用いた刺繍がほどこしてある品物や、鹿の子絞りなどを用いたキモノなどは、町人には贅沢すぎるということで禁止令が出たのでした。

江戸時代、段階を経て禁止令が続々出ているようですが、着用され支払われる工賃があるからこそ現代に残った技術ですね。

 

日本 相良刺繍(縫いつぶし)の紙入れ(江戸後期)

スゴイ…と思わずビックリしました。江戸時代のものが残っているのですね。

 

刺繍には見えない…

こちらは刺繍とわかりますね。

 

日本では刺繍される方が減っている…と言われていますが、素晴らしい技術。

江戸時代にあった贅沢品たちは、現在は後継者がいないものも多々あるかもしれませんね。

どの時代にしても日用品とは言えない技術ですね。途絶えて復活させるのは大変と伺います。いろんな技術が途絶えてしまわないことを願いますが、伊勢神宮は途絶えてしまわないようにとそれぞれの職人さんたちが雇われているのです。どの時代も途絶えたりする可能性が見えていたのでしょうね…伝えることが組み込まれている祭事。