「無意識の虐待」という言葉があることを知りました。
事象自体は私も知っていることがあったのですが、すでにそのような言葉が存在しているんだ…と。
なぜ学ぶか?のひとつの理由に紹介してきていましたが、これはショッキングな言葉で内容はもっとショッキングかも…?
たとえば、タバコを親が吸っていて、その場で育つ子供たち。
子どもの歯はやられていく…
だけではないかもしれませんが、そのようなことを紹介されていました。
言葉としては、確立していないようですね。
「無意識の虐待」と検索して出てくるのは、高齢者の虐待については結構出てきました。
知識がないがゆえに虐待していると思っていない。
昨日、聞いた言葉がなるほど…と思わされたのでした。
「死ぬとは思わなかったと虐待した親が言っているニュースを見て、そんなことはないだろうと思っていたけど、本当に思っていなかったのかも知れないってこと?」
ニュースなどでの言葉を見聞きして、信じられない…と思ったとしても、実際にその人が言っている言葉から学べることは、知識がないと実は自分も予備軍かもしれないと思えない…ってことですね。
力加減や、程度など、自分を中心に考えて行う人たち。どれほどに相手を傷つけているかも、まったく理解できず、自分を正当化…。
体罰を平気でやっていたり、それを助長したりしている人たちがやっていることの延長線上の出来事。学校で教えていることのひとつの結果に起きていること…でもあると思いますね。
いろいろと話をしていて、反応している声を聞いて対応していて…進まないなぁ…と思いながら、正直、こんなにいろいろと聞いてくる…その奥深さ?とおり一辺倒に今までも習っているはずでは…?という思いがあったのですが、他の領域と違う顔つきに驚いてしまいました。
ただ、突っ込んで話が深化すればするほど、実は聞くのが耐えられない…そんな子も増えることがある。
怖さを感じながら…ただ、いろんなところで教えていてもっと学びたい…という反応をよくもらう分野が保育に関すること。
「無意識の虐待」という用語も知らずにお話していたことをもっといろいろあるんだ…と知り、探したのですが見つけるキーワードがちがうのかしら?
そう今は感じています。
無知がゆえに行っていること。
それがおかしいという感覚が麻痺してしまっていること。
センシティブに対応することができるか…って気づくセンサーを壊さないとやっていられない…って育ち方をしたら、難しい話になっていくのかも…。