食品選び「安さ重視」

日経新聞2012年9月15日に載っていた記事の見出しをそのままタイトルに。

日本政策金融公庫が14日発表した消費者の食に対する意識調査では、経済性を重視する割合が20代と30代で初めて5割を突破した。一方、「高くても国産品を買う」とこたえた割合は最低を更新。所得の低下を反映して、消費者が食費の節約志向を強めている実態が浮かび上がった。

調査は2012年7月前半

20~70代の男女2,000人を対象

 

全体で最も多かったのは「健康志向」44%

年代が上がるにつれて割合も高くなる。

対象的に若年層では「経済性志向」が最も多く、20代で57%、30代で52%だった。

国産食品に対するこだわりも薄れている。「高くても国産品を買う」とこたえた割合は51%と過去最低を更新。

2008年5月の調査開始時と比べ13ポイントも低下した。

 

日本政策金融公庫は「家計の状況が厳しく節約志向を強めざるを得ない消費者が増えている」と見ている。

 

そのあとTPPのことについて…。

貿易自由化を推進すれば、海外の農産物はこれまで以上に日本に入ってくる。

農業の大規模化による生産コスト削減などを通じて、海外に対抗できる体質強化が不可欠となる。

と、まとめてありました。

食に対する意識調査

若年層中心に食の経済性志向強まる
- 日本公庫・平成24年度上半期消費者動向調査結果 -

 

東日本大震災後の 23 年7月調査で 28.5%にまで高まった安全志向は、今回調査では 19.9%とほぼ震災前の水準に戻った。
国産志向は 23 年 7 月調査の 16.0%から徐々に低下し、今回 12.4%となっている。

と分析が大元に載っていた。

全体の推移と年代別を並べてみて、何か気付くこと…と思ってみた時に、傾斜方向に年代別違いがあるなぁ…と思わされて、右肩上がりを見てみると、健康志向・手作り志向・安全志向。右肩下がりを見てみると、経済性志向・簡便化志向。

安全性に至っては、20代10%程度。安全性より経済性…。

 

輸入食品と国産食品の価格差が1割あっても買うまでいれたら、50%かろうじてあるけど、国産品を選ぶかどうかという話に、同価格であれば選ぶ(32.1%)…という考え方もしくはこだわらない(16.7%)というので。これでは国産品売れないねぇ…なんて思わされる。ちょっと減っている感があるのは、2割ラインでした。

 

100円と110円くらいの差までは、国内産を買う…と答えていて、100円と120円だと減る。

100円と130円の差ならば、国内品を買うと答えた人が14.5%と全体の話。

 

 

 

おかげさまの言葉

ようやく今のところいただいている待機中のコメントを全て読ませていただきました。

本当に人をほめることばを駆使できる方に学ぶことが多いと思います。

 

私は記録したいと思っていたことを書きます。

それは、新聞に出ていた商品の広告で知りえました。だけど、素敵な言葉達。それらの言葉に絵を添えて販売されているモノですが、言葉が素敵…と記録したかったのです。もちろん、絵も素敵です。

 

1月 夜空

「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷やしかりけり」

無心に四季と向き合い、自然の美を素直に愛でる。ありのままこそ大切にしたい。曹洞宗の開祖、道元禅師が夜空を眺めながら詠ったと言われている言葉。

2月 花誰為開

「花は誰のために咲く いやいや 時がくるのを待っている」

花だけでなく、万物はすべて機が熟し、時が来れば開花します。天分を信じ、惑わされることなく、その時に備え精進したいと、禅の言葉「花誰為開」が教えてくれます。

このことば、焦る思いなどいろんな葛藤を静めてくれます。供えることの大切さ。手を抜かない努力を積み重ねることの大切さですね。

3月 花芽

「梅ひらき 桃ふくらみて 桜まつ」

春が近づくと、次第に膨らむ花芽があり、一方で散ってゆくものがあります。季節の移ろい、人生も移ろう。時には立ち止まり、じっとその流れを見守ってみるのもよいかもしれません。

今年の春は、全てが同時期に咲いた気がします。

4月 喫茶去

「まぁ、お茶でも」

 私たちは日頃、目の前の人を表面的なことで区別して対応しがちです。「喫茶去」とは、禅ではどんな人に対しても同等の態度で余計な分別をいれず、真心をもって接してゆきたいもの、という意をもつと言われています。とにもかくにも「まあ、お茶でも」。

先入観を持たない大切さを行っているのかなぁ…なんて思わされました。

5月 道

「一度きりの尊い道を 今、歩いている」

人生は一度きり。毎日の忙しさや楽しさに、私たちはつい忘れがちです。だからこそ、投げやりになったとき、決断を迫られた時、そして、平板な毎日にも思い起こしたい。人生は一度きり。

こう思うとむしょうに焦りを覚えます。悔しさや憤りも感じます。

6月泥中の華

「なに思う 泥中にあり 蓮の華」

お釈迦様は「高原陸地に蓮華生ぜず、卑湿汚泥にこの花を生ず」と話されました。泥なくして美しい花は咲きません。この泥を、如何にして肥料として昇華していくかが問われています。

清んだ水には蓮は咲かないと言うことでしょうか?

7月 おかえりなさい

「おかえりなさい」それは人を迎える言葉。待っていた願いがかなう喜び。戻ってきてくれたことへの感謝。この言葉をたくさん言える人は幸せです。お盆の季節。「おかえりなさい」の気持ちを、今は亡き大切な人へも。

おかえりなさいと伝える大切さを思わされます。

お盆を7月ではなく8月に行う…と言っても、季節問わず言霊の大切さを思わされたのでした。

8月 山鳥

「ほろほろと 鳴く山鳥の声聞かば 父かとぞ思う母かとぞ思う」

山鳥がほろほろと鳴く声を聞くと、あれは父かと思う、母かと思う。先に旅立つ存在である親への情愛は美しくも悲しいもの。奈良の大仏建立を支えた僧・行基の言葉です。

姿が見えるばかりが全てではないと思うのでした。そして、この歌を詠んだときの行基の両親は生きていたのかなぁ…?なんて思わされました。

9月 常緑

「松はいつも青々してるんだ 惑わず変らず」錦秋の中にあって色を変えない常緑の松。「松無古今色」(まつにここんのいろなし)とは禅の言葉。周囲に惑わされず、変わらざる心で生きたい。静かで強い意志を持った言葉です。

この言葉を冬のものとして昨年知りました。だけど、このように書かれると、色移ろう秋にも確かに…。いろんなとり方があるものだと思いました。

10月 喝采

「よい一日を 喝采」日一日を大切に、より良く生きたい。自分自身で願うだけでなく、全ての生きる人たちが、互いに親愛と存在への喜びを分かち合い、励まし合うことができたら、どれほど素晴らしいでしょうか。

11月 おかげさま

「好きなひと 嫌いなひと 愛するひと みんながいたから今がある」貴方の一年を彩った多くの「人」たち。人は人との関わりの中でしか生きていけません。それでこその今に感謝して、一年を締めくくりたいものです。

この10月11月本当に、頭で理解できていたとしても、本当にその通りだなぁ…そう思わされました。頭でわかっていても、心から思う難しさ。一番難しいこと「赦すこと」ということをしみじみと思うのです。

あきらめるのではなく、「赦すこと」…

12月 そのまんま

「そのまま そのまんま」お正月。この時ばかりは、「今年こそ」と誰しも新たな誓いを心ひそかに想うもの。でも気負うことなく、あえて今の自分を肯定することが、より良く生きることへ繋がってゆくのかも知れません。

こうやって12月分。新聞の1面を利用した広告。9月13日のものを書こう書こう…と持ってました。

 

博多独楽

たくさんコメントをありがとうございます。リンクかかっているものは全てすみません。私は詳しくないので、どんな他の人に迷惑がかかるのかわからないのでスパムメールと判断されたままを受けています。ほんとうはどうか?分かりません。だけど、いろんな悪さをすることがあるなら、読んでくださっている方に悪いなぁ…と思ってます。まだ読んでいない…130超えてました…すみません。

 

とにかく、忘れる前に…と、メモをしておかないと新聞記事でも捨ててしまったり、何を気になって切り取っているのか…というのを忘れることもあります。

メモをしておかないと…ってしていなかったら、新聞の山に入っちゃった?見つからないよ…。

 

日本経済新聞の近日のもの。

博多独楽のことが書いてありました。

 

私が興味関心持ったのは、独楽作りされているのに出会ってから。

知らなかったのです。

普通に「独楽」と思っていたものが、博多独自とは…。そして、その柄も地域によって違っていたなんて…。

 

襲名公演があるって、こうやって書いたおかげで発見できましたわ。

 

博多独楽 3代目筑紫珠楽襲名へ 寿楽さん 2代目と妙技披露

地方紙に載ったのは知ってました。

 

でも、先日この記事全国区?と気になりながら、読んでいたのです。

けがをしても取り組んだお話や絶えていた芸を復興させて継いだ話など…。地元のことであっても知らないなぁ…は、まず独楽自体が独自ということを知りませんでした。

 

この三代目さんと偶然お会いして、お話聞かせていただけたことが博多独楽を知るきっかけ。

本当にたまたまだそうですが、他に誰も行くことができないから…とはかた町屋「ふるさと館」で実演されてました。

私は仕事で行っていて、ボーっと櫛田神社で観察係してました。解散となった後、せっかくだから…と入って2階へ上がったら、蝋人形のはずが…動いていると驚いてしまったのでした。

 

実は、福岡の曲芸と言うことも知らず、見たことだけはありました。そして、その話をしたら、見たことがあること自体が珍しい…とか。しょっちゅう見れるものではないということも知りました。だからかなぁ…小さい頃は何度か見たことがあります。だけど、大人になってはないなぁ…。

独楽を刀の上を走らせたり…って、テレビで昔やっていた芸能人のかくし芸大会でもあったよね…と思ってお話したら、それも指導したりしたのだそうです。へぇ…。

刀の上で独楽を回しているのも記憶に残っていたのですが、水があちこちから噴き出す芸も見たことがある…とこれも、その一つとのことで、全国区ではなかったんだ…とビックリでした。

 

また、独楽の形も独自。

ちょっと新聞探さなきゃ…。と、読んだのになぁ…。

取りあえずメモ。新聞に載ってたってね。

 

 

小学生のころ、回すことできていたけど、今はできないかもなぁ…。

男子がやっていた遊び…と、けんかゴマ。相手の独楽を割ったりするんですよねぇ…と、こんな風に伝統…って見るともったいない?

回せるためには、心棒も自分でささないといけないから、それが曲がってもいけない。結構大変だった…って思っているのは私だけなのかもしれませんが、そんなことも今はやっていないのかもしれませんね…。

 

NATO

昨日、日経新聞の「春秋」を一瞬、ちら目したとき、「NATO」って… North Atlantic Treaty Organization 北大西洋条約機構だよねぇ…今頃に出てくる話題として何かあったっけ?と思いました。

 

違ってましたね。

 

新語なのだそうで…

誰が作ったんだろう?

 

桑原政則さんのブログなのかなぁ…「日本経済はアジア進出で元気に」(2012/9/2)という中にも出てきていた。

ただ、こちらの趣旨と日経新聞とは違う気もする。

多数の実例や数字を織り交ぜて、「空洞化の恐れは幻想」「国内でじっとしているのが最悪」「むしろ元気のいい日本企業がアジアに展開することで、その企業がもっと元気になり、日本経済も活気が出る」と論じて余すところがない。

そんな感じで書いている最後にNATOのことが触れられていた。

一方で日本企業の欠点を指摘し、注文をつけることも忘れない。アジアの一部での日本企業の別名は「NATO」。「ノット・アクション、トーキング・オンリー(話すばかりで行動しない)」の略語だという。日本企業とアジアへの熱い思いを満載した、現場からの報告書である。

経済産業省で企業のアジア進出を手伝っている松島大輔さんが書いている著書に出てくる新語?日本では新語だけど、桑原さんのブログを読む限りにおいて、東南アジアで言われている隠語?

空洞化のウソ――日本企業の「現地化」戦略 (講談社現代新書)』に出てくるみたい。


アジア視察ツアーはいつも経営者で満員。しかしその場で何かの約束が成立することはほぼない。「持ち帰って検討する」と語る日本のトップを見て、先方の大臣が著者に問いかけたという。「社長や会長の上に誰かいるのか?」

という新聞の文章を見て、確かに…と思って読んでました。視察ツアーと称した観光旅行だったんじゃない?なんて思って読んでました。そうでなければ、決定できるくらいの判断力ある人がいくでしょ…。多分ね、独断で行うにはハードル高い話だけど、やらないと未来がないのかもしれない…と迷っているのだろうなぁ…そんな推測を日本人はするのかも?

 

アジア進出に対しての懸念もあると思うのです。言葉の壁とか、文化の壁とかね。そして、それを克服して進めると言えるだけの人材が自分のところにいると即判断できていないだけでは?なんて思わされます。ツアーの参加者の平均年齢をあげた方がこの傾向分かりやすいのでは?とも。

 

最近、ベトナム人の間で NATOという 言葉が流行っている。 

と、書いているブログ発見!ウォルポールのブログとあります。2011・12・15のもの。

日本人は働かない

とも言われていると書いてある…。勤勉な国と言われていたのにねぇ…そして、勤勉にやっている人もいる…読んでかつての日本がヨーロッパやアメリカに対して評したりした文章「○○人は働かない」に似ているねぇ…

 

2011年7月25日のアジアブログ

何かと比較される韓国人と日本人

一方、その頃の日本は経済の低迷期にありながら、まだ、ほとんどが日本国内だけを見ていて危機感が薄かった。
まだまだ余裕があると錯覚した分、海外進出で韓国より遅れをとった。
震災がなければ、危うく“ゆで蛙”になるところであった。
こういった行動は、アジアの現地では、ハッキリとしたコントラストとして対比されるケースが多い。

韓国の経営者は決断、行動が速い。
日本の経営者の決断は遅い。
従って、チャンスを逃す。
“いい奴”なんだけど決断できない。

こんな印象が定着してしまっているのである。

と書いてあります。

震災のお陰で「ゆでガエル」にならずにすんでいるという発想は、とってもポジティブ。

 

インターネットスラングというサイトがあるのですね。こちらに載ってた…。

NATO ”North Atlantic Treaty Organization” or “No Action Talk Only”

 

日本はNATOと呼ばれているそうだ。納豆ではない!NATOだ!
その意味は、NATO(No Action Talk Only)で調査ばかりして、実行しないということ。リスクを嫌うサラリーマン社会構造の日本を象徴している。

2012年03月02日に書かれているブログ?によると2月29日に産経新聞に書かれているらしい。

ベトナム企業とはホアンアインザーライであるというコメントにも関心を持ってみました。

 

なんでベトナム語なの?と外語大でベトナム語を学ぶと選んだ友達に尋ねた時、これからどこの国の言葉を覚えたらいいか…と、ベトナム語だと船に乗って世界を回っていた父と話して決めたという話の先見性の凄さを以前聞きながら思ってました。文化の違いと共通点…そして、私はベトナム語はわからないけど、友達を通じて出会ってベトナム人と話して思ったこと。日本は確かにおっしゃる通りにひ弱かも…。日本で出会った日本の大企業で働いているベトナム人たち。もう10年くらい経つんじゃない?

 

聞いていて思ったことは、タフさが必要なのかもなぁ…。サバイバルに生きていく力があった昔の日本人と今の日本人?違うんですよね。昔の日本人男性と今の日本人男性だと思います。

女性は…、今も昔も変わらないかも…どちらもタフ?どこの国も女性はタフなのでは?なんて思うくらいです。

 

父が弟たちと私と育て方を変えるように母と話していたそうで…

娘は大切に…

息子はハングリーに…

そう育てていたらしい。それでも、おとなしい娘ではなかったせいか、弟たちとは明らかに違う対応をいただきながら学んだこともあるなぁ…。それは、父の考え方とは別に、母の考え方もあったということ。

母は意識してか、無意識か、学んできていたものがある。江戸から明治になって…といろんな変化を100年以上前の話のはずなのに…と思いたいけど、母はそんな頃の価値観等も引き継いで…という姿を見て、父もそうだったんだろうなぁ…また、他の人達も…。本人は意識していなくても、脈々と新しいものを入れようとしない限り、自分の中にある学びの流れ…を意識させられる。そして、他の人も同様なのだろうっと思うと、衣服は一代で変われると言われるけれど、食は三代と言われたりする…実はもっと変わらないものがある?なんて思わされます。

無意識の世界が継続的に残ることを思わされますね。

 

幕末に討幕を目指したお国柄のある土地で根付いている風潮というものがあるのかなぁ…?なんて思いなども湧くのでした。

 

NATOは、決して日本人を指す言葉ではないみたいだけど、NATOイコール日本人にならないことも大事かもね。

即断即決の話の記事を見ながら、先日後継者がいない…と社長になる人がいない話をテレビで見たことも思いだした。

 

家のローンが払えないのなら、自分が死んで保険で…という発想をしてしまう男性をつくっているのは、女性かもね…と思います。

NATOをつくりだしているのも…実はパートナーかも?

潰れたら一からやったらいいんじゃない?なんて、潰れてもどうにかしそうだと思える男性には、どうにかしそうだと信じる周囲の人がいると思います。信じるって強いですね。

 

かつて、会社が潰れたら一緒に潰れそうね…とある男性に言ったら、そうだと思うと返ってきた。ん…今どうしているだろう?

 

私の中では、いい時も悪いときもあるのは当たり前…って感覚は育った環境でしょうねぇ…。年功序列的に給料右肩上がり…そんな環境で育っていない。私ですら、そんな感覚。弟たちは…正直、我が弟たちの凄さは、弟たちが父みたいな男はいないと言っていたけど、そんな父から学んだことを体得していることが凄いなぁ…って思います。

父のようになるなと育てられている男の子たちにとって、どうなったらいいのか分からなくなったら…保身に走るのでは?なんて思うのです。

そういう意味では、母の凄さも思います。

 

そんな風に思うと、時代にあっていない家庭環境と思っていましたが、時代にあっているのかも…。

身に付けている無意識の価値観、説明してもらえない…。

こんな仕事をしていなかったら、私も分析したりしてないかもな…。

飯事 ままごと

講義を受けたメモ。

といって、どこの大学…?中村の先生だったかなぁ…そこまで書いておかないとわからないメモになりますね。

 

ままごとが危ないって話でした。聞いてすぐに書いていると今更に思いだすよりいいですね…。

http://ameblo.jp/iki-iki-nova/entry-10628069137.html

メモに載っていること

 

ぐみキャンディー1個

こんにゃくゼリー1個

食べた

朝食を食べたと答えているという事実

 

ちゃんと聞くって大事ですね。

 

 

生活体験を共有することの必要性と題して話されたことをメモしたところに

家庭自体が機能していない場合も増えているとあり。

 

見る経験・体験が親世代もなくなっているのではないか?という話。

 

18~22歳ちょうど大学生に描かせたことを話されていたのだと思います。

○駐車場の絵が多い

○描けない → 遊んでいなかったかもしれない

○遊びこむ体験をしていないのではないか?

○生活環境・食環境が変わってきている

○戸外遊びの絵を描くけれど、体験少ない

 

子どもに鶏の絵を描かせると足を4本描くという話は、私自身描かせたことがある…って高校生。実際4本描かれたことありですね…。

魚の絵も子どもに描かせると切り身が泳いでいる絵を書くって笑い話ではなく聞いたのはこの先生からかなぁ…?

高校生に魚の絵を描かせるのも結構ビックリな絵になる人がいますね。

あまり見ないものは描けないね。

 

私が小学生の高学年のころ、家でカレーを作っていたら、弟の友達が「何作ってるの?」と聞いたから「カレー」と答えたら、「カレーの色してない」と言われた。作っている途中にカレー色しているわけない!と野菜を煮ている段階で言われて思ったのは男の子だから作っていないのかな?ってね。ボーイスカウトに入っていた弟たちからそんな言葉を聞いたことはないけど、体験って大きいね…。

さんぷらいず 2010,5,28

というメモを頼りに…検索したら出てきた。

さんぷらいず 3号

 

 

「飯事」がいままさに“絶滅危惧種”の遊びに指定されようとしています。個食や孤食といった言葉に代表されるように、いま子どもたちの食事環境にも大きな変化が訪れています。家族や仲間と「食卓を囲む」ことがなくなれば、この写真のような風景はいつしか子どもたちの遊びの中から消え去ることになるかもしれません。みなさんのご家庭はいかがでしょうか?

 

絶滅危惧種の遊びって増えているかもしれないなぁ…。

http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/dbps_data/_material_/localhost/sosiki/010/H21.1.29oosyousorezorenoshitenkaramieruoosyou.pdf

 

ままごと遊びの人気の役割 [2008年01月23日(Wed)]より

ままごと遊びの人気の役は、少し前までは「あかちゃん」でした。
自宅の横が公園なので、小さいこどもたちがままごと遊びを真剣にしているのを、ほほえましく見守ったものでした。
今では、一番人気は「ペット」だそうです。
ばぶばぶいって可愛がられた赤ちゃんは、兄弟のいない一人っ子の家庭では実感がなく、代わりにペットを無条件に可愛がる大人を見て育つ子供たちがそう思うのも当然といえば当然のこと。
叱られないし、家族みんなが気にする存在ですから・・・

 

教員エッセイ:雑感「おままごと」より

ある日の「天花」の放送で、最近保育園に通う子どもたちの「ままごと」のことが話題になっていた場面がありました。今のこどもたちの「ままごと」で人気のある役割は「赤ちゃん」だと言っていました。その理由は、「みんなにやってもらえて、自分では何もする必要がなく、楽だから」だそうです。逆に一番人気のないのは「お父さん」役だそうです。また、それに続くワースト2は、「お母さん」役です。その理由は「朝から晩まで働いて忙しくしており、疲れそうだから」だそうです。ドラマの天花先生や主任の珠江先生の時代は、「お母さん」役が人気だったそうです。私、矢野の時代もそうだったろうと思います。ちなみに、サザエさんのアニメのなかでのタラちゃんやリカちゃんたちが行う「ままごと」では夫婦(お父さんとお母さん)役の場面がほとんどであったような気がします。たまに、波平さんやマスオさんが子ども役をやっていましたね(笑)。皆さんの時代はいかがだったでしょうか?

 

 ペット願望

ままごと

 

いろんな方が書いている文章…。

 

世界ではどうなのでしょう?と疑問を持ってみました。

キッチンセットみたいなおもちゃがあるくらいだから、いろんなところでなされているのでしょうね。