中島潔

見に行きました。「生命の無常さと輝き」展。

 

実は、京都清水寺成就院で見ることができる…?って思っていたのですが、夏なかった

 

ただ、感謝。なかったお陰で、成就院のお庭「月の庭」を堪能。そして、襖絵たちを今回堪能。別々に拝見できた上で、一緒に拝見…できたらきっと違う感動を覚えるだろうなぁ…って思います。

 

そして、正直、中島潔さんの絵、なんか暗い…というか、表情は明るくないのはいろいろあると思うのですが、なんか暗いなぁ…と思っていたのですが、近年作品は変わっていた…。

明るいというか、表情が大きく変わった…?わからないから、戻って見直ししました。大きく表情が変わっている感じを受ける…?それはないかもしれませんが、出している雰囲気が違う。

見ていて、昔の?絵には「うめきち」とアルファベットで描いてあるものがいっぱい。だけど、2010年以降のものは、「からつ」と書いてある…。あと、「KEEP UP」と書いてあったりする。

他の言葉も書いてあるものあったけど、書かれた文字が違うなぁ…って思わされました。

 

パリ帰国記念展が2002年にあった。そのときにも、『大漁』というタイトルあったのです。それを彷彿させる感じ。

と、『大漁』は金子みすずの詩に関するところ。

 

大漁 金子みすず

朝焼小焼だ

大漁だ

大羽鰮の

大漁だ。

 

濱は祭りの

やうだけど

海のなかでは

何萬の

鰮のとむらひ

するだらう。

京都・清水寺成就院奉納襖絵/第四室「大漁(金子みすゞ)」(部分)

月明かりで目がひかる…そんな想定なのだとか。

 

月の庭にかぐや姫…。

 

お寺とこの襖絵どうマッチしているのだろう…?なんて思わされたのでした。

だけど、この完成そして肺がん闘病後の絵はなんかいいなぁ…って思いました。

 

いろんなこの人の絵を知っているわけではありません。だけど、唐津くんちの絵は、ある意味驚きでした。

あと、恐らく、東北大震災に対して描かれている絵?と思わされるものがありました。「岩手」など地名が描かれていました。

前向きでなんとなく力強さを感じるような…そんな感じを近年の絵に感じさせられました。

 

 

 

 

 

 

拈華微笑

ねんげみしょう 拈華微笑

この言葉も、ノートには書いているけど、ネット上に書いていない。だから、探すのにノートをひっくり返さないといけない…面倒。

意味は、言葉を使わずにお互いが理解しあうこと。心から心へ伝わる微妙な境地・感覚のたとえ。

【故事】

釈迦が霊鷲山(りょうじゅうざん)で弟子たちに仏法を説いたとき、黙って大梵天王から受けた金波羅華(こんぱらげ)をひねって見せると、摩訶迦葉(まかかしょう)だけがその意味を悟って微笑んだので、釈迦は彼だけに仏法の心理を授けたという故事による。

 

類義語いっぱい。

以心伝心

経華別伝

教外別伝

維摩一黙

笑拈梅花

拈華瞬目

感応道交

神会黙契

不立文字

黙契秘旨

 

さて、これをなぜメモっていたのか…というと、恐らくその後にメモしていることと関連しているのだろうって思います。

禅宗は、菩提達磨を始祖として、「教外別伝・不立文字」を掲げ、釈尊の説いた経論には寄らず、座禅によって悟りを得ようとする宗派という説明がありました。それを理解するにいたる過程で出てきた言葉。

禅宗は『大梵天王問仏決疑経』という経典をよりどころにしている。

その経典によると、

釈尊が涅槃のとき、聴衆の一人が一重だの睡蓮を釈尊にささげた。釈尊は黙って受け取り、ひねって大衆に示した。その場の大衆は釈尊の意図するところがわからなかったが、摩訶迦葉一人がそれを理解して破顔微笑した。そこで、釈尊は「正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相、微妙の法門有り。不立文字、教外別伝にして、摩訶迦葉に附属す」と言って、仏の悟った深遠微妙(じんのんみみょう)の法門は経論・言辞によらず、ただちに以心伝心をもって法を摩訶迦葉に附属した

ということだそうです。この内容が正しいのか?とメモしているのを見ると、ホントかどうか、わかりません…。

 

不立文字、教外別伝」の主張は大梵天王問仏決疑経に見える言葉である。この経典には次のような話が述べてある。ある時大梵天王(ブラフマー神)が世尊(ブッダ)に説法を願い出て金婆羅華(こんぱらげ)という美しい花を世尊に奉った。

説法の座でブッダはその花を大衆に見せた。この時大衆はブッダが考えていることが分からずポカンと見ているのみであった。ただ一人摩訶迦葉(ブッダの高弟)が思わずニッコリ笑った。

これを見たブッダは「吾に正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相微妙の法門あり。不立文字、教外別伝なり。摩訶迦葉に付嘱す。」 と言ったという。この経典に不立文字、教外別伝と言う言葉が出てくる。 いわば禅宗のルーツとも言える経典である。

しかし、このような事実は他の経典には一言も触れられたことはない。この「大梵天王問仏決疑経」は今では中国で作られた偽作経典とされている。不立文字、教外別伝を主張する中国人仏教徒(禅宗関係)が、西天28祖の伝法神話と同じく、自分達の主張をブッダ伝来の正統なものであると権威付けようとしてこの経典を偽作した可能性も考えられるだろう。

禅の公案を集めた「無門関」の第6則「世尊拈花」はこの話を元に作られたものである。著者である無門慧開禅師は大梵天王問仏決疑経が偽経であることは知らなかったらしい。またこの経典には正法眼蔵という言葉も出てくる。

大著「正法眼蔵」を表わした道元禅師も「正法眼蔵」という言葉の基となる経典が偽経であることは知らなかったようである。 日蓮は「蓮盛抄」という著作の中で大梵天王問仏決疑経について述べている。

この経典はいつの時代にインドから伝来し、誰によって翻訳されたかについて古い記録を調べても何も記録がない。従って偽経であると結論付けている。日蓮のこの指摘はなかなか鋭いと言える。

達磨は迫害され殺されかけたと伝えられる。恐らく普通の真面目な中国人仏教徒にとってどんな経典にも書いてない「不立文字、教外別伝」を主張する達磨の教えは経典に基づく仏教を否定する邪教だと考えられたのではないだろうか?

「不立文字、教外別伝」の言葉は圭峰宗密の「禅源諸詮集都序」に教禅一致の思想を歴史的に説明し、達磨の思想として出ている。

「祖庭事苑」という(1108年発刊の禅籍)本には「教外別伝不立文字、直指人心見性成仏」の言葉が出ているとのことである。

「碧巌録」の第一則「武帝問達磨」の評唱には「不立文字、直指人心見性成仏」の言葉が出ているのでこの言葉は有名であったことは確かであろう。

 この文章は、禅の思想というサイトから。

 

さて、この文章から見ても、確かに経典は無さそう…。

 

ただ、迫害されているものに対して、真実はどこにあるか?本当のところを図り知ることは難しいと思います。中国では、迫害するものを徹底的に痕跡を残させない。日本もそうでしょ?

そう思ったときに、本当か嘘か…という話よりも、そこから何を産み出したか?生み出されたものに価値があるかどうか?それでいいんじゃない?ってね。

 

正直、今だって中国は自分の国の考えに合わないものを徹底的になくそうとしていますよね。

 

日本も…そうやってきた過去あり。

 

座禅という一つの手法というのか、この方法はインドでは昔から座り方とかは別であっても、あったもの。

いろんな人が間に入ることにより神とのつながりにバイアスが入る可能性を排除する意味では有効だろうと思います。そして、どのような宗教名で伝えられているとしても、神は自分自身の中にある。つながるための理解を深めたり、そのような存在を肯定するための学びのために宗教はあったとしても、最後は自分の中にある。

 

禅宗というものをよく知らないし、正直、他の宗派も知りません。

ただ、葬式やら、説法やら…いろんな形で私が接している回数が多いのは禅宗。でも、ホント知らないことがいっぱい…。知ろうとすることが最初の一歩かも…くらいです。

 

私の名前自体、お坊さんがつけたということで、とにかく、自分の名前自体を知る意味でも、ちょっと調べて…と思うのです。

もう、詳しくいきさつ等を知っていそうな方々は他界。母もイマイチわかってないし…。

 

ただ、仏教をよく知るお坊さんがつけることはあまりしない字だよと、ある人から言われた漢字が使われている私の名前。その意味もわからないけど、いろいろと知ろうとすることによって知ることは増えていく…意味ではわからないからこそ面白いのかもしれません。

 

いろんな人の役割があると思いますから、私の役割も…と、自覚できているかいないか?以前よりはわかってきたかなぁ…と思うところもあります。

 

華をひねって微笑みあう。

そんなことがあるのか?といわれたら、私はあると思うのです。だから、そんなこともあるかもねぇ~と思います。ただ、伝わるということは、そこまで考えていることたち…ありとあらゆる知識経験等を同じ程度有しているということ。

iPS細胞を公的に発表するまで、黙っておくのに必死でした…という話を耳にしたとき、きっと同じようなことを必死に探求している人たちだったらわかるということがあるということ。私が聞いても、「あ!」って思って出し抜こうなんてできなかったと思うのです。

拈華微笑も、そんな感じかなぁ…って。ある程度まで達した学びを共有しているからこそ気づく。

 

座禅も悟りを得るまでに、無心に…という状態が共有できているのなら宗教宗派の形にとらわれないで通じていくものがありとあらゆる人たち共通していくのかなぁ…?と思います。

表面での違いで争う…それはお互いに学びが足りないということに過ぎないかなぁ…宗教での争いってそんなものではないのかなぁ…私自身悟っているわけではないし、様々な宗教宗派を知っているわけではありません。ただ、知らないで判断することだけは愚か…。知る努力をせずに自分のそれまでのバイアスで、相手の世界観を判断する愚かさは先人たちの反面教師。そうではない人たちから学び、自分自身を精進させたいと思います。年をとっているから自分立ちの方が優れている…と思っている年配者たちに出会う体験を多々持ちますが、偉人たちの文章をたくさん読んでいる読書量の多い若い人のほうが学びが深いのかもしれないと、しみじみ思います。それを強く思うのは、無知無学とは言いませんが、読書量が半端に少ないまた偏っている先生方と接し思うこと。私も知らないことが多い…けど、学んでいない年をとって指示している言葉たちを横で聞きながら、こうしたらいいのに…と何で知らないのだろう?とずっと思っていましたが、理解したのは学習量が絶対的に少ないということ。それは…と口出しすると人権侵害しかしない…そんな人達と働いて思うのは、勉強していない人が教育するほど社会をダメにすることはないということ。

なんで、こんなに言われていることを知らないで指示できるか?金曜日にも思ったのですが、反目。時間の無駄です。指摘しても、そしてこうしたら…?も無視するしかしない人たち。そんな人たちがいっぱい。勉強してから給料もらえば…?若いうちに読書量が圧倒的に足りないのに教えることをしていて、受験指導なんて大学生でも高校生にできる行為。それで満足して学び足りない…それが日本の経済失墜につながっているのでしょうね。でもしか先生たちの教えに追随した日本教育ってかんじ。

アルパカ

以前、アルパカについてせっせと調べたんだよねぇ…。

 

で、今日、またアルパカを見た。安い…って、1万円切ったものを見て、えぇ~と驚いていた。そんなことがあるのかなぁ…?

その後見たアルパカも、思っている価格よりはるかに安い…。

思わず、こんな金額なのでは?と質問したら、普通そうだって教えてもらいました。この商品も百貨店に並ぶと、そのくらいになる…って、ちょっと複雑な思いで聞いてました。

 

まぁ、いずれにしても、アルパカを見る機会を持って、話を伺っていて、そういえば調べたけど覚えていないことのほうが多かったのかも…って、改めて調べてみようかなぁ…って思いました。

 

だって、なぜ安いか?というのは、中国のアルパカだから…って聞いたのです。ん…産地によって値段が違う?

ペルーのアルパカを売っている方が教えてくれました。ペルーのアルパカのよさをいっぱい聞かせていただいたのでした。そして、いただいている名刺代わりの広告。なくしてしまう前に、ちゃんとアクセスしておこう…。

http://www.patri-alpaca.com/index.html

思わずビックリは、アルパカって、なんか異国情緒あふれる…彩色の仕方も独特なイメージでしたが、なんか穏やか…。と、これは日本人好みにペルーで作ってもらっているんだそうで…。毎年違う柄だとのこと。好きなものがあるときに…とおっしゃってましたね。

 

さて…と、アルパカについて。

 

ウィキペディアに書かれている説明を参考に…。

南アメリカ大陸原産の家畜種。ビクーニャ、グアナゴから派生したもの。

南アメリカ大陸の、特にペルー、ボリビア北部、チリ北部の、海抜およそ3,500 – 5,000mのアンデス湿潤高原地帯で放牧されている。

ど南アメリカ南部にはほとんどいない。

現在はアメリカ合衆国やヨーロッパ、ユージーランドではアルパカ牧場やペットとして飼育されている。アメリカではペットとして飼っている人も多くいる。

日本もいるよねぇ…確か。1999年から日本にもアルパカ牧場現在ではニュージーランドに約12,000頭、オーストラリアに約100,000頭以上、アメリカに約60,000頭、ペルーでは約4,000,000頭ものアルパカが各国で生息しています。

 

アルパカの種類
「Suri」
殆どがプーノ地方に生息。国内総数の15%を占めている。

上品ですべすべとした感触。

体から19マイクロメートルの太さで体に平行して40cmの長さにまで成長。

殆どが白。

「Huacaya」
国内総数の85%を占めている。

灰色、こげ茶、茶色が主。

繊維には大きく分けて3種類あり。

 

 

中国のアルパカと聞いたけど、縫製などが中国だったのかなぁ…?

服飾業界において「アルパカ」の名は複数の意味で用いられる。毛について言う場合、たいていはペルー産のアルパカのものを指す。しかし、生地としてはより広く、アルパカの毛でペルーにて作られたものだけでなく、イタリアやイギリスのブリランテなどを混ぜて作ったものも「アルパカ」と呼ばれる。

 

天然繊維:アルパカとビキューナ

http://corp.world.co.jp/fashion/material/faq_12.html

こちらのサイトに書いてあることと、教えていただいたことの違いがあり。

虫害に注意!

アルパカとビキューナの柔らかい毛は、虫にとって最高のごちそう(タンパク質)。食べこぼしや汚れはクリーニングしてきれいにし、防虫剤を入れて保管しましょう。

アルパカの繊維は虫害おきやすいのかなぁ…?

クリーニングに出さないでといわれたよ…。

 

アルパカマーク

こちらのサイトはアメリカとカナダのアルパカのことかしら?

 

アルパカのナチュラルカラー http://www.towakeori.co.jp/alpacatops.html

色の見本を紹介しているサイト。

毛色は茶・黒・白・ネズミ色の4種類に大分。さらに細かく分けると25種類。毛の色で価値が異なる(淡色で光沢があるものが高品質)
黒系  黒:Black 漆黒:Jet black
茶系  茶色:Brown 赤褐色:Red brown チョコレート色:Chocolate
薄茶色:Light brown こげ茶色:Dark brown
ベージュ系  淡黄褐色:Fawn 明るい淡黄褐色:Light fawn こげ淡濃褐色:Dark fawn
淡褐色:Caramel シャンパンのような黄金色:Champagne
グレー系  灰色:Gray 薄い灰色:Light gray ねずみ色:Dark gray
銀白色:Silver バラ色の灰色:Rose gray 明るいバラ色の灰色:Light rose gray
青灰色:Blue gray 明るい灰色:Light blue gray
ガンメタル・砲金灰色:Gunmetal gray ピンクの灰色:Roan gray
白系  青白色:Ice white バニラホワイト:Vanilla white クリーム色:Cream

 

 

この写真は、http://www.kaken.or.jp/mame/90/index.htmlにありました。

 

これは南米で産する、パコという「ラクダ属」の動物の毛です。この「アル」というのはアラビア語の定冠詞だそうで、この語と「パコ」(ペルーの土語で羊という意味)とがくっついて出来たもので、スペイン語です。やはり柔らかい毛で、コートなどに用いられますが、皆さんは(特にややお年を召した方達は)背広の裏地としての「アルパカ」の方がよくご存知かも知れませんね。
 以前は上等の裏地としてよく用いられていました。同じ毛織物ですから、ウールとは大変なじみが良いのですが、やや厚く重くなるので、裏地としてはだんだん使われなくなりました。今でもアルパカという名の裏地はありますが、実は殆ど化繊で出来ています。

と、これは、http://www.fashion-heart.com/term/material/jp-ari.htmに書いてありました。

そして、その元は『服部晋の「洋服の話」 (ラピタ・ブックス)』に書いてあるらしい。

 

 

 「アルパカ」は「ファカヤ種」と「スーリー種」に分かれます。
とのこと、先ほど書いたなまえと違う…。

 希少価値な「スーリー種」です。
2005年によく耳にした「スーリーアルパカ」はファカヤ種の1/10ほどしかとれません。なので2005年は原料が手に入らないなんてこともあったようです。

「スーリーアルパカ」は、ファカヤに比べてとても毛が長く、モヘアのような光沢があるのが特徴です。
高級なコート地に良く使われます。ニットでは毛足の長さを利用した起毛糸がとても人気があります。

と書いてありました。

 

http://www.smrj.go.jp/keiei/dbps_data/_material_/common/chushou/b_keiei/keieiseni/pdf/53266-1.pdf

http://www.smrj.go.jp/keiei/dbps_data/_material_/common/chushou/b_keiei/keieiseni/pdf/53266-1.pdf

 

アルパカ繊維の天然着色赤い染料を作る

こうやって染料を作っているんだ…と思うのでした。

維信カシミヤ集団のサイトで、「カシミヤとアルパカ及びモヘアの識別方法」が紹介されていました。

 

ココまで来ると繊維の話のため…ではなくなりそう。

アルパカの育て方

http://www.marusyosangyo.jp/kawariito/wool.htmにまとめてあった表です。

 

INTERNATIONAL ALPACA ASSOCIATION http://www.aia.org.pe/

このサイトは更新されていないのかなぁ…?

 

アルパカは毛の長さから、大きく2種類に分類される。1つが毛の短い“Huacaya(ウアカヤ)”、もう1つが毛の長い“Suri(スーリー)”である。Huacayaは毛が短めで(9~12cm)、主にニットとして利用されている。Suriは毛が長め(10.4cm~20cm)であり、日本などでは、主に生地として利用されている。
また、アルパカは挿毛が無いため、原毛の調達が容易という特長がある。

これは、ボリビアのことについて日本政府が出している書類から。http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2011fy/E001893.pdf

ペルーのアルパカの繊維の太さは、平均25~26ミクロン、ボリビアは平均22ミクロンと言われている。

高度3~6千に生息するアルパカ

 

ファカヤ種の原毛による種類
    ベビーアルパカ    繊度  21~23ミクロン(約100トン)
    ファインアルパカ        26~27ミクロン
    コースアルパカ         28ミクロン以上

 スーリー種の原毛による種類
    ベビースーリー    繊度  21~22ミクロン(約2~3トン)
    スーリー             26~27ミクロン

http://otsutextile.sakura.ne.jp/sozai-setsumei.htmより

 



 

いろいろと新たに知りえることがいっぱいだったのでした。

ROMEERU

綴りをなんと読むのかも知らない。

 

「足が痛っい!」と言わせないイタリア製

だそうです。

ロミエルって読むのかなぁ…?

ROMEERU

ROMEERUは1973年に創業

1974年、イタリア人と日本人の足形の違いに着目し、日本女性の足のため、足幅を広げて、踏まず上がり(土踏まずの床に接する部位)から踵までの長さを短く(イタリア女性は日本女性よりも長い)した、最小サイズ33.0(21.3cm)からの木型をつくりました。

そう書いてありました。

へぇ~。

この木型を使って開発されたイタリア製ROMEERU婦人靴は、日本女性の足にフィットする最初の輸入婦人靴だったのです。1978年、自社工場(CAL’ZROMEERU)は、踵部分を足形のとおり湾曲したクツ(通常、クツの内側”踵”部分は平らです。この部分わずかに湾曲してあるクツであっても、中敷の下のスポンジを成型してあるだけ)をつくりました。また、変形したクツを元どおりに復元するゼンマイバネを使ったクツや、土踏まずのアーチクッションを裏革と表革の間に入れたクツ(通常、アーチクッションはクツの敷き革の下にスポンジを入れてあるだけ)なども送りだしてきました。

機能性婦人靴

 

靴を買うつもりなく、ただ見てまわっていて、見たことがないものは試着させていただきました。そして、履き心地いい感じ…と1足購入してみました。

履いて…足が痛くないのも嬉しいのですが、スマート。自分の足が細く見えるところが凄い…。きれいな形~と偶然知りえて購入できてよかった…。

感謝。

 

パンプスをいろいろためしに履かせていただいたのですが、同じメーカーでも足が入らなかったり…それでも丁寧に対応いただいて購入した…って、その靴もバーゲン中だったのでした。だけど、ホント、購入できてよかった…と感謝。

 

足の形状について基礎知識とあるサイトは、わかりやすいなぁ…。

 

数年前、パンプスはいて毎日過ごす…って、1ヶ月くらいで赤く塗った部分に血がにじむ…。限界超える体験をしたのでした。そこで、靴探し…まだその状態の日々が続くから、探しまくって購入した靴。それは…高かった…。でも仕方ない…って靴を替えても、2ヵ月半たった位で、靴を替えたのに赤く血がにじんで…また限界。そんな体験以降、どんな靴がいいんだろう…。もう、履いてみないとわからない…。いろんなところのいろんな靴を試しているのでした。

なんで、イタリア製の靴が足にあうのかなぁ…?と疑問でしたが、靴型をちゃんと日本人に合わせてつくった物を販売していたのですね。

覚えておこう…と記録代わりでした。

 

 

 

シャネル

私の中でシャネルイメージって、実はとっても悪かったのです。

多分、バブルはじける前、シャネラーを見て、シャネルを知ったのかも…くらいに、あんまり興味ない世界でした。

そして、働きはじめて、見たシャネル。カッコイーも見たりしたけど、私にインパクト与えたシャネルは、学校の卒業式で白のシャネル、それもミニスカート…ウエストのベルトにシャネルマーク…それは国語の先生の姿でした…。はぁ~?バッカジャナイ…が第一印象。と、そんな私にはシャネル=馬鹿…言葉悪いけど、そんなイメージが植えつけられたのでした。

でもね、そんなんでシャネルを判断してはいけないだろう…って、デパートのシャネルのコーナーをチラ見。そのときに、これ素敵…というか、私の中では白シャネルミニスカートスーツが頭にあって、ピンクシャネルとかテレビで見たりしていたので、ちっともシャネルを知らない私が気にしたのは黒のスーツでした。これならいいなぁ~と値札を見てビックリしたのでした。めっちゃ高い…?今はちゃんと覚えていないから、ただ当時の私にはビックリ高かったイメージだけ残ってました。

今なら、ブラックスーツってシャネルでは結構王道かも?ってわかるのですが、ホント、百貨店でビックリしたときの私はシャネルって本当に何も知らない…。ただ、テレビでシャネルのマークがついたバッグやスーツや…って着ているシャネラーって言われる人たちを目にしたことがあるくらいでした。

シャネルの映画『ココ・シャネル』だったかなぁ…それを見て、改めてシャネルってどんな人?

本を読んだり…って、し始めたのはシャネルのどこがいいんだろう…?

 

いろんなブランドのことを知らないで判断するのもよくない…って、知る努力。そんなことをし始めたのは、ネクタイ・ワイシャツをはじめ…販売経験をさせていただいたことから。とにかく知らないブランドいっぱい…だけど、説明するために知る努力した。それから…。つくっている人を知ると、ブランドに対する見方も変わる…ってね。

 

どこがいいんだろう…?って読んだ本は、シャネルの言葉を集めて書かれた本が最初。でも、その本に出ている言葉たちはかなりインパクト大でした。


さらに…って、読んでビックリ。

 

 

シャネル 最強ブランドの秘密 (朝日新書)
ビックリの本でした。

 

この本のタイトル。

興味を持つようになったのも、他のブランドのこともいろいろと知るようになってきたからかなぁ…。

でも、この本を読んでよかった…。とっても面白かったです。

 

この本のはじめは、「シャネルの服を着たことは一度もない。…」そんな始まり。

だけど、この人シャネルの研究…って、この人の研究の内容はとっても面白くて、わかりやすかったです。

 

「モードは芸術ではない。商売だ」

あ…なるほどね…って、スタンスを思わされたのです。

そして、いっぱい発見をありがとう!って本でした。

 

本当にシャネルに詳しくない私が読んで、感動…というか、シャネルを理解するのに、偏っていないのか?という疑問は持ちながらも、この本から学んだシャネル像…それは商売人!

 

そう、シャネルは商売人として凄い人だったと学んだのでした。そう思って見ると、理解できることがいっぱい。そして、納得したのです。

 

私の疑問たちをいろいろと解決してくれた本。

 

その1 なんで、あんなブランドって言うだけで、合皮のバックなどが高くなるのか?

その2 なんで、シャネルが売れているのか?

…って、本当はいっぱいあるのです。でも、いろんな疑問を解決してくれた…

 

ブランドシャネルは、今となっては、ルイヴィトンなどと同じ…?そんな面もあると思いますが、何が違うかなども知りえて本当に面白かった。

 

20世紀、シャネルが作り出した?はじめて広めたことの影響力の大きさを知りました。

 

そして、私が思ったこと。

21世紀は…?

シャネルが壊したモノ達のそして、生み出したモノ達の浮世草的な印象を受けた感じを理解できた気がします。

きっと、シャネル本人がまだ生きていたら…?保守的になっていた?恐らく先導を切ってアグリッシブだったかもしれませんが、私は今の時代に生き返ったとしたら…って考えたら、恐らく、やっぱり黒シャネルだろうなぁ…って思います。

他の本で、なんであれだけミニスカートを毛嫌いしていたシャネルのブランドなのに…私の中でのイメージはミニスカートだったのはなぜ?って、創立者の意向と違って、ブランドとしての生き残りのために…という発想で動いている部分?商売だからね…。

 

シャネルって、やっぱり、自分が作り出した者たちが壊していくのは…シャネルが好きだったものかもって思うのでした。そして、シャネルが好きだったものを、いまだにある状態にさせているのは伝統でありある意味貴族など言われている人たち…。

読んで私の中で作り変えられたシャネル像。それは、シャネルの土台の文化はクラッシック…ということ。

この気づきは大きい。本を読んだ後すぐの感想は残しておいたほうがいい…って思わされるのでした。

 

この本に共感!は、ここ。

時代のマインドは「成熟」と「本物」をめざして思考を深めているようにもみえる。

というとこ。

 

高度成長期に青春を送り、ハングリーから「過剰富裕化」まで、ひととおりを経験してきた世代は、もはやハングリーな消費欲望に目を奪われてない。

 

時をさかのぼることおよそ100年、19世紀が終焉をむかえ、20世紀の幕があがろうとする境で、やはり贅沢の意味が問われた。

問いを放ったのはほかでもない、ココ・シャネルである。

このシャネルの問い。そして、その答え。面白い~

 

理解したことは、これ。

その贅沢は、金がかかっていることを人に見せるためのものだ。むろnその金を出すのは男、つまり夫か愛人であって、女の衣装は男たちが富をひけらかす「口実」にほかならない。ここでシャネルが指弾の的にしているのは、ヴェブレンの『有閑階級の理論』のいう、あの「顕示的消費」、見せびらかしのための消費そのものである。

 

あ~納得ってね。

そして、そのさらに先。

シャネルのモード革命を「皆殺しの天使の」という冠付き。

 

シャネルの嫌悪感、凄いなぁ…と思うのです。でも、そんなシャネルを「皆殺しの天使」笑えるくらいに…

ジャージー素材のスーツをシャネルが高価に販売したことも知らなかった~

また

ニットは女性のものとして存在していなかったということも凄い…。

 

正直、そんなシャネルも今はいない。そういう意味では、今のシャネルは…?なんて思いも抱きながら、痛快なシャネルの言葉たち…。

大げさなのは個性を殺すのよ。表面的なものはみな値打ちを下げてしまう。アメリカ人はこういって私をほめたけれと、とても嬉しかったわ。

これほどの金を使いながら、それをみせないようにするなんて!

この言葉納得の私がみた黒スーツ…って思い出されたのでした。

 

 わたしにとっての贅沢は、よく仕立てられた服で、一つのコスチュームが五年ぐらいはちゃんともって、着られるものだ。古くて、使い古したものというのが、私の夢だ。アメリカでは何でも捨てる。だからしっかりしたものは何もない。洗いもしないし、洗いに出しもしない。一度ドレスを洗いに出したことがあるけれど、ボタンが一つしか残っていなかった。これがアメリカだ。贅沢の反対、チープだ。なんと嫌なのだろう。

 ここで語っているシャネルは典型的なヨーロッパ人である。歴史を重んじるヨーロッパは古いものを愛し、とかく新品を軽蔑する。大量消費は大量廃棄、すぐに捨てられるようなものに価値などありはしない。ヨーロッパ人から見れば、まさにそれこそ「贅沢の反対」であり、チープに他ならない。

このシャネルの言葉は、マルセル・ヘードリッヒさんが聞き書き留めた…って、シャネル晩年の話。

 

 成金たちの新品にもノン、貴族たちの華美豪奢にもノン-シャネルのこの美意識を、「アンチ・ゴージャス」と名づけてもいいかもしれない。どちらの二つも「見るからにゴージャス」だからだ。シャネルにとっては贅沢はまさにその反対だった。別のところでシャネルは作家ポール・モーランにむかって「贅沢」をこう語っている。

わたしにとっての贅沢といえば、昔から代わらず続いているものだ。「歳月に磨かれた」オーヴェルニュ地方の立派な家具、どっしりと重くて地味な田舎の木、紫がかった桜の木、艶出しで磨かれて黒光りしている梨の木(…)わたしは貧しい子ども時代をおくったと思い込んでいたのに、実はそれこそ贅沢なのだと気づいたのだ。オーヴェルニュでは、すべてが本物で、大きかった。

 

実はこの本。とっても軽快に現代のいろんなものを蹴散らかしているなぁ~と思わされるところはあり。

そんな感じだから、こんな風にシャネルを見るのかも…とは思いますね。

 

色彩のゴージャスへの拒絶…黒

表面的な色の贅沢は嫌悪すべき贅沢趣味だった…って

 

ダンディズムの詩人ボードレールの言葉

「エレガンスは絶対的なシンプリシティにある」

 

「金持ちのための宝石」を身につけるのは、「首のまわりに小切手をぶらさげるのも同じだ」ってシャネルの言い放った言葉点凄い…とかね。

 

 

シャネルの名前をしてイミテーションを高く売る。そのことで、既存の贅沢を愚弄…。

恐らく、いろんなブランドがこの20世紀にやってきたことかも…そして、21世紀が始まるって頃、本物を買い占め始めた…ルイヴィトンとかね。

 

さて、これからをどう見るのか…が大事って思うのですが、この本読んで私が得た感想。

 

読んで感じることは自由。

 

そう思って、読んで感じたこと。

 

 

ブランドマークでイミテーションの値段をつりあげてきた…そして、今、本物であることを求めようとしているブランドもあり。

その上で、シャネルは…?とか見たとき、ココ・シャネルのシャネルと同じなのかなぁ…?わかりません。

だけど、その名前を冠にすることで稼ぐことのできる…それがブランドかなぁ…と思わされる。品質の維持も大事だけど、そのブランドの力…影響力…きっと必要なんだろうなぁ…。

 

日本は戦後って、もう60年はたっているんだけど、その間、アメリカをお手本に…と取り組んできたことが多かったよねぇ…と思います。だけど、根底には日本はアメリカより長い歴史を有していたんだよねぇ…と思わされたのでした。どういう意味か、日本もヨーロッパの歴史あるものへの評価って顔を持っているよねぇ…。

 

ファーストファッションという言葉が登場して、とにかくデザインさえ…今の最先端を…

上質なんてどうでもいい…

 

その反対に位置しているもの。

オールドファッションだろうね、昔からの価値観としてどの国にもある一つのものを大切に着ていく…その価値観。

本を読みながら、その価値を大事に思いながら、商売のために壊しに行ったのがシャネルの一つの凄さだったのかも。

モードだけでなく、価値観を壊してしまった…。不本意かもしれませんが、自分が大切に思っていたものまで壊しちゃった面もあるのでは?と思います。そして、やっぱり…クラッシックに脈々と…一つのものを大切に…と生きている人たち。どの国にもいて、その人たちが選ぶものは…上質?使い続けることができることが価値基準として当然にある。

その感覚を失った人たちを増やしたことは、ファッションを女性にお金とは無縁に開放した光と影のことではないでしょうか?

マスを魅了し、ブランドネームで物の値段を引き上げていくこと、その一方で上質を作り続けている…そんなブランドたちの生き残るために必要なことは、ちょっと巨大化しちゃったから、お得意様…と極々一部の大金持ちにだけ販売していてもその人たちは1つ買ったら何年間も買ってくれるわけではないから…とか、きっと小さく商売をやっていくには向いていない体制になっていること。新規開拓、また昔から自分のブランドが大切にしているコアなものの維持…。ブランド企業からいうとそんな感じ?

 

女性にファッションを開放し、男性のお金をいっぱい持っているんだぞ~という誇示に使われない表現力としてある面は、とっても豊かな表現を生み出していると思います。だけど、シャネル自身は嫌悪感を表したミニスカートたちも生み出したり…した発端も、シャネル。そして、今、シャネルというブランドで売っているものも、マスを魅了するためにミニスカート。

 

捨てられていってる…廃棄処分対象の昔つくられたものたちを拾い集めて…価値を見出している世界観。安いから…ではなく、今となってはもうそのレベルの職人がいない…という世界もある。

お金を出して新しいものを有名ブランドが売っているものを…と求めていく価値だけを肯定していると、きっとプアなお金がないからそうしているのでしょう…って思う人もいるかもしれません。だけど、もともとの持ち主にとってはもういらないものかもしれない…って、そんな古臭い…って見るものも、シャネルが言う言葉の「贅沢」というところでは?

笑えるくらいな話、久留米絣なんかも、古いもので取引されているものは価格が信じられないくらいのものも…。それは、今の時代でその柄を出す技術がない…など、今に生きていって得られないものありってね。

着物だけでなく、漆器も、陶器も…今ではそのための材料が手に入ることも難しい…って家具も…。

シャネルと白洲次郎・白洲正子…なんか、通じるものがあるなぁ…。

 

ただ、シャネルが好きなものを好きと言える人たちを減らしたことはシャネルのやったことだろうし、シャネルの好きなものたちを作れる人たちを減らすのに貢献もしたと思う。それは気づかずに…かもしれないけど。

 

日本の経済成長はシャネルと一緒な感じもする。

だから、100年たって、今度はシャネルが大事と言っていたものを大事という人が増えてきている。壊し続けた世代たちがふと気づいた贅沢。そして、ドンドン大量消費していって気づいたロハス…などね。

 

ただ、そんなものに価値を見出せない人たちも増やしたから、どうするか?

伝統あるもの…大事にしましょうね…って教育でも言うようになっている…という感じ。そんなことを言っても、大事にするものをわからなくなってしまっている親世代。もしかしたら、祖父母世代もわからなくなっている世代かもよ…と今の日本はそんな感じかもしれないなぁ…とも思います。

 

100円ショップで安くものが買えて、100円でいいじゃない?と生きるのも一つだけど、それで失ったことは、ものを大切に扱っていこうという価値?もしかしたら、もともとなかったのかも?100円だろうが、10000円だろうが、大切に扱うことを知っていれば、どちらも長く使い続けることができるもの。

長く使い続けることができるものだと判断することに価値を見出していなければ、違いを見ようとしないと思うのです。モノを見る目が衰えている?

素敵なものたちをつくる人の後継者なく消えていく…そのゆえんは、自分では見極める力のない生活者たちがマスコミで紹介されて知る以外に自分では判断できないところにあるのかもしれない…って思います。消えないためには…商売である以上、知らせていくことが大切…それも一つ…。つくるだけではダメで、それを惚れてくれる人たちを増やさないと残れないこと。そして、閉鎖的に限られた人たちだけの世界のものに留まっていると、継いでいく人も見つからないし、生き残れない…。

 

私はシャネルなんてよく知らない。だけど、シャネルは自分の持っている価値観である「伝統」「贅沢」に本人が気づかないところだったかもしれないけど、それをマスに売ったことが生き残れた理由かもね…。宣伝力が強いものだけが残っていく…。ある意味質のよしあしではない面もあるのでしょうけど、何事も同じみたいだなぁ…と思わされた本でした。

 

大げさなのは個性を殺すのよ。表面的なものはみな値打ちを下げてしまう。アメリカ人はこういって私をほめたけれと、とても嬉しかったわ。

これほどの金を使いながら、それをみせないようにするなんて!

このシャネルへの賛辞を発しているアメリカ人は、恐らくアメリカで成功して富をもっている人たち…でも、ヨーロッパの伝統から切り離された地。ネイティブアメリカのもつよさもシャネルに通じているのでは?とは思わされましたね。

ふんだんにお金を使いながら、それを見せないおしゃれ。わかる人にしかわからないというおしゃれが確かに、ヨーロッパのブランドのイメージでした。過去形。だけど、ルイヴィトンもシャネルも…なんかそれとは違うなぁ…と思っていたら、バーバーリーもダックスも…って、それらもこれ見よがしのものになっていって…。ちゃんとそのブランドだとわからないといけないと言わんばかりのマーキングがされているのは日本だから?ヨーロッパでのそれぞれを見ていないからわからないけど、マークがついているから高いのよ!って感じ。

あまり詳しくないから、世界中でのことなのか、日本用にライセンスを取ってつくっているものだからなのか、わかりません。

 

ただ、日本のもの…伝統的?着物などもみんなが着ている柄がいい~大量生産の面もないと、広まらないとさらに…と好きになる人も出てこない?一緒なのかなぁ…と思わされました。

 

この本の著者世代、すでに着物を着ることができない人たちもいっぱいでは?

だけど、この世代の人たちは、まだ、花嫁道具の一つに着物が入っていた世代だと思います。だから、着ることができなくても、恐らく持つのが当然の話だった世代。

今は…?

レンタルで着てくれたら…くらいにもっている人たちがいなくなっている。

着物も贅を尽くした…そんなものでないと採算が合わないと言わんばかりに、手ごろなものは機械化。ますます魅力が欠けていってる面もあるのかも?つくり続けていく人たちが生活できないと残らない…。つくる人たちも必死に工夫しているのでしょうけど、裾野を広げていく努力をシャネルは当たり前にしていた…という学びでした。

 

偽モノしかもてなかった人が小さくても本物を持つ…次は数を増やす…そして、そんな本物の中でもその人だけのものをつくる…

消費意欲を掻き立てていき、本物のブランド物に権威をつけていく…と見れば、贋物がいっぱい登場するイコールニンキモノ。ただ、贋物を作り、贋物をもって幸せ気分…は同じ価格の本物を否定していることにもつながるのでは?って思わされます。

粗悪な贋作より、誰かがマイオリジナルで作った無名かもしれない世界観をもつモノ。

そう思って使っている人たちが、新たなブランドに無名かもしれない素敵なものを広める…。その際に、うまく大きくなることに対応できずつぶれていくモノたち…もあり。

流行曲線の始まりに位置するのは嫌な日本人が多いから、日本の素敵は世界に広まっていかないのかもしれないなぁ…とも思わされたりして…。

 

たまたまに図書館で手に取った本でしたが、なかなか面白く読みました。感謝。

 

圧倒的に世界に影響を与えたんだなぁ…と知った点もありがたかったです。

 

ハンドバッグ

女性のスーツ

手の入るポケット

短くなったスカート丈

ニット

ジャージ

今では当たり前にあるものたちを生み出した凄さに感動しました。

 

 

 

 

身だしなみの三原則

清潔感 調和 機能性

これは書いている途中でテレビでやっていたもの。チラッと見てメモ代わり。