教科書の調理実習

いつも思うのです。

家庭一般から家庭基礎・家庭総合になったとき、全ての調理実習を書き出して、比較。そして、調理実習を何時間で考えて教科書には載せているのだろう?と考えました。

いろんな学校実態があるから、こんな献立ができる学校もあるんだねぇ~と思わされるといいのか?それとも、1時間で実施するためにこんな献立になっちゃったのかなぁ…?と見るのか?いろいろ考えさせられながら見ます。

教科書の新しいものを見るたびにチェックはしますが、昨日だったか、全国家庭科の組織が行った食に関する指導についてのアンケート結果を見ながら、教科書の献立をどう採用しているか?小中学校はそのまんま行っているところが多いようですね。でも、高等学校はあまり参考にされていない。

私は、見るけど、その通りの分量を…とか、正直献立を立てている人の意図がわからないなぁ…もあるので、何がいいか?でも、献立を立てている人の考えひとつだろうけど、コレを見て調理苦手…と思っている先生たちはどう?また、生徒は?

いいなぁ~と見るのはいいかもしれないけど、昔に比べてバリエーションあるけど、この食生活を高校生が好む?というものも…。教える側の年代がいろいろある…と思えば、面白いなぁ…と思って眺めます。

なんか定番?

この献立を作らせる…となると…って授業で実施を考えるときに思うのです。

何時間?2時間かなぁ…。

もし、コレを初回の調理実習にもってきたら…、恐らく「肉じゃが」しないかも…と思います。

これだったら、1回目でもできるかなぁ…?と思うのです。これでも結構ハードル高いかも…?できるとは思いますが…。

たしかに…これなら1時間でもできるかも?なんて思います。

似ているなぁ…と思うのですが、これならきっとできそう…とは思えますね。

弁当はいろいろ載っていたけど…

これは以前からよく見ていたけど…

写真写りでイメージが違うなぁ…。

これって…と栄養学の教科書的高齢者食写真…?

なんで魚とトマト…と思うのです。まぁいいけど…やわらかいからだろうし…でもね、本気で高齢者食なら、高齢者の食に関する意識とかを教える意味では違うだろうに…とは思います。

食べやすい料理を提供。もちろん…でも、高齢者は長年生きてきたから、今

までの食生活とは違うものって受け入れがたし…という感じ。トマトと魚の組み合わせをどう受けとめられるか?とか、考えていない結構高齢者施設でも、学校とかでも普通の献立にしたくない?栄養士の献立…おいしいかもしれないけど、ハンバーグの形がイメージと違うだけで食べることができなかったりもする高齢者もいたりする…という、長年の食習慣を配慮するとかを教えるにはイマイチなイメージでした。

 

これ、パーティ料理として載っているのです。

なんで炭水化物オンパレード…??献立ありきより、載せたいものを並べて名前をつけた?

これはつくらせようとしていないのでは?っておもいます。

この組み合わせで調理実習させてどのくらいの時間がかかるのか?

手際よい生徒なんだろうなぁ…考えた先生たちの生徒は…と思いますね。

1時間だったら無理じゃないの…?って手際よく…つくり方を変えたらできることもあるかなぁ…。たとえば、炊飯するだけですし飯にしていく。フードカッターで散らし寿司の具を切るなどね。

ただ、自然にある食材を使うなら…野菜の皮をむく、野菜を切るだけでも生徒たちができるのか?不安ですね。

中学校でこれからは習ってくるから大丈夫かなぁ…?中学校の教科書の調理実習は結構凄いなぁ~と変わっていたので、そちらに期待?

2時間なら…できるだろうけど…2品で2時間するくらいなら、私だったらせめて3品にするために茶碗蒸しをお吸い物にしてもう1品入れるかなぁ…。

これは結構できると思いますね。だけど、食中毒を防止するために…と考えたときには、かなり神経使う献立。

「家庭基礎」という単位数が少ないところにこれだけのものをもってくる…。対象生徒たちの調理実習レベルより衛生感覚がいいなら…

これも、知るにはいいけど、ビビンバって具の数を減らさないと手間がかかる。一品ずつは簡単店かもしれないけど、手際悪いと熱源がいっぱい必要な献立。

班毎に1種類ずつナムルを作らせるなら時間短縮かかるかなぁ…とか、調理技術を生徒が持っているのなら時間かけずにできるかもしれないけど、時間かかるよね…。フードデザインでは教えたりしていたので2時間でつくることは一応可能かなぁ…とは思いますけど。

インドカレーを思って…面白そうって思います。ナンが書いてある以上に時間かかると思います。カレーは辛い味が食べることができない人がいたりするので考える…って思います。麻婆豆腐もホント…辛味って難しいよね。イースト発酵のさせ方を変えたら、手短につくることができるかなぁ…。

 

中国料理としてチャーハンがいっぱい載っていました。

トマトと卵のスープ。おいしいなぁ~と私は思うのです。でも、トマトを加熱したものが…この写真とかきゅうりを加熱したものが…スープの具。チャレンジャーな食生活を広める意味では面白みはあるけど、学校教育で目指すものはそれ?

 

これ2時間で簡単にできそう~1時間でも作るだけなら簡単かも…って思ったのです。

だけど、この献立を教科書どおり作るか?と聞かれたら、しないかなぁ…ってつくり方を見ては思うのです。

それは、つくり方が悪いとかより、このつくり方しなくてもいいし…って思うのです。

本当に、科学的に教える教材?と思うのです。この著者は料理苦手か知らなさすぎ…?

ブラマンジェはフランス語で、フランスのブラマンジェあるけど、つくり方はイギリス流に近い。

もしフランス流ならゼラチンで固めるのでした。

生クリーム…イギリス流のつくり方で…

私は洋菓子が専門の人間でもないから、単純に思うのはこんな生クリームの加え方をしておいしいのかなぁ~?油が浮きそう…なんて思うところもあり。

イギリス流のブラマンジェをおいしく…ってよく煮るというより練る感じだよねぇ…なんて思います。調理科学的に文部科学省が参考にしているという本によると、「イギリスでは、コーンスターチ、砂糖、牛乳で作るが、フランスでは牛乳とゼラチン、砂糖、すりつぶしたアーモンド、生クリームを用いる」ってね。でんぷんによる糊化でつくるこのつくり方に生クリーム…できるらしいけど濃厚だろうけど…こんなに複雑にしなくていいものを複雑にしている傾向が教科書のつくり方にはあるよなぁ…ってね。これって、生クリームを抜いて作れるんだし、生クリームを入れて脂肪分を増やす…コレって洋菓子店の脂肪たっぷりおいしい~に迎合していて、家庭でも脂肪たっぷり?もし、これを子どものためにつくるとして学んだものを活用して欲しい…って思ったら、この生クリームを抜いてすぐできる簡単おやつにして、牛乳をおやつに…とできるのだろうと思うのです。でも、生クリームが入っているものを習って、これしかない?と思ったら、食物アレルギー増やすだろうなぁ…とか、小児肥満増やすには貢献できるだろうなぁ…とは思いえますね。

 

正直、中華料理の並べ方って気になるところです。

こんな感じで教科書にあるから、写真で乗せるときもご飯が向こう側スープが向こう側?

取り皿を並べる話と、料理を並べる話が一緒なのか?

疑問を持つ写真たち。素朴に疑問を持つのは、カラの器を並べるのはいいけど、料理を載せたら並べ方が違うのでは?っておもうのです。

中国料理のコースで出てくる順番に使用する器を変えていく…。そのときの並べ方で、一人前の料理を並べるって?これは疑問を持ちながら検証できていないところですね。日本の中国料理店で定食みたいにセットされているものはご飯は手前にあるよねぇ…とか。

教科書に載っていると、それが正解とか、正しい…授業で扱わなくてもそう伝わっていく…と思うのです。

 

実は、この3種。教科書が違う…。

②とか、凄い…杏仁豆腐って書いてあるのです。ハイハイ…。そして、分量も…1人分ではなく恐らく4人分くらいだと思います。

①と③は寒天の量が違う。どちらも固まると思います。③をもしつくったとしたら…80ミリリットルあるなぁ…と思いますが、コレ多分つくったら70くらいになると思います。そして、写真みたいに量はないと思うのです。蓮華の大きさから想像するのにこの量をこの分量ではできていないと思うのです。

 

教科書つくっているのは大学の教授?

正直、こんなん載せていて活用しろって酷くない…?なんて思うものもいろいろあったりすると思います。でも、文部科学省が通している教科書。

 

気づきはあって勉強になるのですが、料理が苦手でできない…そんな生徒に提供する資料として見ても本当に参考になるものがいいなぁ…と思うことはあります。まぁ…教科書の調理実習を無視する人が多いのを嘆くか?私は見るけど、参考にしてそのままで作らせてみるってすることもしますけど…その通りでおいしいという反応を得られる機会って少ない…と思うこともあり。好みがあるとは思いますけど…。

 

日本全体では、2時間連続で調理実習をしている学校が多いのか?わかりません。だけど、全国家庭科…が行ったアンケートでは40%超えて一番多かったのは2時間連続調理実習を行っている学校でした。だけど、1時間で行われている学校も多い。

1時間で…20分でつくって20分で食べて片付けくらいで考えるとき、作らせることができる料理…そりゃ…洗う必要のある皿を減らすとか工夫したいよねぇ…きっと。でも、それをすると一皿料理…今接している人たちとか食べるのが遅い。30分かけて食べる…って「食べるのを楽しみましょう」にはいいけど、授業としてはきつい。状況に応じて食べるスピード考えてよ…とできないし、話しながら…食べるのも休み時間じゃない!って思う。今までの授業を持っている中で一番時間という制約を意識できない人たちと接しているなぁ…と思う面々。

 

まぁ…「家庭基礎」とか、プリンだけ作って終り~とか、ピザトーストを作って終り~なんて実習も聞いたことがあるから、中学校でちゃんと全員が調理実習をしてきて何をするか?

エプロンを小学校中学校高校で作らせられる…同様の話にならないことを願いますよね。

料理教えるのが苦手な人は、高校でも味噌汁を…って小学校で習ったことの定着のためって言ってるけど、ご飯と味噌汁だけを作らせる…小学校と一緒でしょ?とは思わないらしいそんなことを平気でやっていることを通す教員も知っているけど、1人で作るならわかるけど、4,5人でそれだけでは上達も無理でしょ…。エプロン3枚つくりました~の次

プッチンプリンをポケットから出してごまかされる今は東京で教員をしている先生…少しは教えることができるようになったのかなぁ?研修も私語ばかり…ってマイペース自分勝手な人でしたが思い出したのでした。

 

 

 

学校で料理を学ぶ意味は?

素朴に思うのです。

家でちゃんと教えていたら、学校で学ぶ必要なんてないでしょ…。これが、当然のように思われていた昔。それでも学校で料理を学んでいた…って、恐らくよりおいしく…より技術向上…なんて感じだったのだろうなぁ…と思います。あと、家庭で伝わっていかない新しい料理を学ぶ。例えば、カレーも、グラタンも…学校で習ってつくることができるようになった…時代を牽引してきた?

そんな時代と今は違うとは思います。だけど、教える人はどうでしょう?

料理が上手になってほしい…って思うのは、教える以上思うことではあります。だけど、調理技術向上のため?というのなら、ゼロスタートはないと思いたいですよね…。

 

正直、学校で習うだろうから…と、家で教える必要なしと判断していた保護者とお話ししたときに悟ったのです。何でも学校任せ…の一つになっている?そしてさらに、その方とお話したのは、お母さんたちの時は1,2年生など3年間のうち2年間家庭科習っていませんでしたか?そういうと、そうそう…ってね。

今は違うんですよ~。2単位で1年間しか習わないから、そんなに調理実習なんてないのですよ。

そう聞いての驚きのお母様に、私もなるほど~と理解したことがありました。それは、学校で習えるはず…という思い込み。

 

それから4,5年は軽く経っていますので、今の高校生の保護者はもしかしたら男女共修世代もいる?なんて思いますね。

 

初めて調理実習を教えた一年目。40人一斉で5人8班。目がいきとどくのも大変…って思っていました。でもね、私が最初に働いた学校で、絶対に近いことだったのは、学習ノートにある献立をつくらせること。そして、その献立に載っている1回でつくると示している料理数を減らさないこと…。ハードル高かったです。

だけど、それができるようになって…というまでは、生徒がどうしたらレシピ通りの味を再現するだろう?と、計量や作業行程などいろんなことをどうしたら伝わるか?生徒が失敗するたびに、また、生徒の動きを見る度に思っていたことは、どうしたら時間内に動かせるだろう?食べる時間がなくなって時間内に食べることができない…なんてことも起こってました。

そんなところに、普通科で教える体験。正直、ビックリしたことはない。だけど、案の定、米を洗剤で洗おうとする人がいるよ…など、いろいろ。想定内と言えるのは、高校での同じ調理実習をした皆様から学んだこと。だけど、想定外と思った驚きは、だしの味をおいしいと言わず「まずい」という人達。化学調味料漬けになっていたのです…。「気合い・根性・努力」でどうにかして…と言ってました。

 

あまりにも、料理してなさすぎの状態に、時間内に終わらせることを諦めて、まぁいっか…食べ物を捨てない方がいいと思ったことと、もう一つ、この先に習う機会がなくてもいろいろ作れるようになってほしいなぁ…と願って教えていたのでした。

 

もし、自分が習って嬉しいのは何?

考えるときの一つのポイントに、応用性があるものかなぁ?と思っていた時があります。そして、その時に学んだことが、応用性より発想力が必要…。言われた応用はできても、自分で思いつけないと…って思ったのです。

そんなこんなで…時間内に終わり生徒や試食していただく先生がまずいと言わないための調理実習を多くの家庭科の先生は必死に追求している?みたいと発表を聞いて思った数年前がありますが、私はそっか…と思いだして見直しておもったこと。私は、調理を通して(家庭科を通して)家庭科の技術知識を身につけて欲しい…ではなく、自分らしく生きていける人達になってほしいなぁ~って思っていたのでした。

単に同じように再現できるように教えることは結構簡単。だけど、それでは同じことを何度も聞いてくる…そんな人たちが出る。

だから、フードデザインでは、いつもオリジナルレシピを最後の方で1回は取り組んでもらってました。自分が時間内にできることを思いつけること。そして、実際に考えたことが実行できること。などなど、それができるってことは、料理の本などレシピを見て、作業等が想像できて、自分の実力でかかる時間も考えることができる。さらに、材料も自分たちで調達してもらったり…。普通科の生徒達にとって、自分で考えだすというのは新鮮?あ~これがいい…などうまく組み合わせて献立を考え取り組んで…。うまくできないイコール教えたことが身についていないなぁ…みたいな感じに思っていました。

そんな私が狙っていたのは、おいしい料理をつくれる人ではなかったなぁ…と気付いたのです。私が狙っていたのは、時間内に冷蔵庫の中にあるもので料理がつくれる人。料理上手なのかどうか?数こなせば上達すると思ってました。だけど、自分が料理するためにかけることのできる時間内に作るってできなかったら、中食か外食しかないかもねぇ…と思っていたのです。だから、レシピを見ながら料理ができるより、何となくでも、こんなものが作れるんじゃないかなぁ…と思いつける人。それも1品ではなく…って願い。

 

教えた料理が1回目上手にできるより、教えた献立をつくるためには時間配分をどうするか…など、手順等を考えて2回目は上手にできる人。失敗などを考察することを求めてました。今も求めているけど、うまくできる人とできない人…どこの学校にもいるけど、失敗した原因をちゃんと自分で気付いていて、自分なりにどうしたらいいかを考えだせる子って結構賢いと思っています。(受験に関する教科での評価とは違うらしいけど…)違う料理でも2回目3回目…と、どうしたらいいか?考えだせる子たちは、頭の回転よかったんだと思うのです。そして、私がそうなってほしいなぁ…は、その手順等を思い描いて動ける人であったり、習ったものを適当に自分の持っているもので応用していける人。

生きる力って、習った料理を授業中に完璧に作れる…のもあるとは思いますが、私は2回目に失敗を生かしたり、うまくいった点を分析できる方が大切と思っていたのでした。失敗はOKだけど、なぜ?と考える人に評価!そんな感じでした。

それも、最初に働いた普通科の子たちがステレオタイプに「○○が~したらいいと思います。」「△△が~するべきだと思います」なんて、大半の人の思いつく家庭科で扱った課題に対する解決策が「それをするためにどうしたらいい?」みたいな感じ。また、「国が…」「大人が…」なんて自分がどうしたらいいか?という意見が出てこない…体験をして、どうしたら「私が…」と自分のできることを思いついてくれるようになるだろう?と取り組んできたお陰様かも。とにかく半年はかかるなぁ…。そんなことを取り組んできての感想は、他人がどうにかしてくれる…また、国などがすべきである…って思いつきから、私が…と難しいことでなくてもいいから、自分ができることを思いついてもらうためにかかる時間は半年くらい…早い人で1か月くらい…。自分の発想の仕方で私が評価しない理由を知って、私が評価するように書く…そんな能力が高い人たちに「主語は自分で、自分ができることを…」と書くように求めると、一般論でいいと言われていることを書きたがる…それを変える為には?など、そんなんにイチイチ突っ掛かっていたら進まないよ…と言われたこともありますが、自分のことと思って発想させるためには?など取り組んだことなども、もしかしたら私の調理実習への教えるスタンスにつながっているかも…。

 

そんな私にとって、作業を時間内にさせることに努力するって研究はおかしくない?そう思っていました。だけど、一つ気付いたのは目指しているものが違うんだ…ってね。

時間内においしく料理させるためには?と考えるか、どうしたら教科目標などを達成することにつながる調理実習になるか?なんて、目標が違うと伝え方がちがって当然か…。

 

私は、今まで嫌悪感しか感じたことがなかった、なんでこんなに何でも書いて写真にして…至れり尽くせり?それも一つだけど…調理技術を身につけさせるためにあると「家庭基礎」の実習を見る?なんて思ってました。そして、何でもワンディッシュ?それって、日本文化崩壊させるジャン…とか、こんなマニュアル君作り…と思っていましたが、目標が違うと気付いたら納得。自分がなるべくきつくないようにして、時間内に終わることだけを目指せばそれもありだなぁ…。その子たちが将来マニュアル君になる要素を増やしていたとしてもいいだろうなぁ…って思えたのでした。

 

そして、学校で料理を学ぶ意味は何だろう…?そう思ったのです。

それぞれの分野の知識や技術を身につけることも一つと思うのですが、ほんとうに大事な学んでほしいことって…?

私は、この先また変わるかもしれませんが、今のところやっぱり自分らしく生きる為には…?という意味でも「生きる力」と言われているものを調理実習を通して身につけてくれることが一番大事かなぁ…って思います。

だから、調理技術だけ、栄養だけ…ではない。全てを学ぶことも一つ大事な機会だろうし…そして、学んだ生徒が断片的でも記憶に学んだことが残っていて、何かの瞬間につながっていく…深い気付きをもたらす…料理以外にも応用できる力を身につけてもらえるようにすることが必要ではないかと思うのです。

 

いろいろ価値観があると思いますが、単なるおいしい~だけなら料理教室へ。学校だから、料理だけではないはず…って思うのです。

 

まぁ…指示待ち君をつくりたくない…これは、自分で判断しながら状況に対応していってくれていた…と給食施設で状況を判断しながら対応されていた方々も知っていたからの思いかもしれません。自分が一緒に働くとしてどんな人がいい~?レシピに関して、全く同じものを再現性高く作ることができる…ってプロになりたいのなら求めるけど、そのためには…ってほんとうは観察力などが大切なんだよね。どこがポイントで、どう知っているものと違うか?などを判断して理解していく…。ただ、習ったことをそのままポイントもわからずにスーッと聞き流してわかっていないけどわかったつもりになる…そんなのを防ぐためには?どこを見たらいいとか、どこを知ったらいいとか、情報の獲得に緩急をつけて…みたいなことが大事だよねぇ…と思うのです。そのためには?言われたことをただ細部までしめされて何にも気付かなくてもできるように…って情報を提示するやり方は、気付かないといけないポイントを知る機会を失っていない?と思うのでした。

見て判断するって大事でしょ?ってね。

だけど、今の日本の若者…と言われている批判されている人たちがうまくできていないって言われていることって、細部の違いに気付く能力が低下していることが一番大きいと思うのです。細部に気付かない…つまり違いに気付かない。問題発見能力が乏しいから、問題解決に至らない…では?また、見つけてもそれを解決するための方法を思いつく思いつき方を身につけてきていない。全部やってもらってきているから、どうしたらうまくいくようにできるか?と頭を働かさなくても、言われた通りすれば…示された通りすれば…一人でできる。乳幼児対象の『ひとりでできるもん』でしたっけ…?そんな感じですね。そして、知っている知識をフル活動させて、持っているものでどうにかしていく…これもうまくない。

 

ホント、ちょっと大人が先回りし過ぎたのでは?と思うのでした。

 

調理実習だけではないですけどね…。

 

たくさん情報を与えておいたら、教える法は楽?

わかりませんが、応用性を持たせるために伝えたいことと、マニュアル君にするために伝えることは違う。

 

求めている結果が違うから違うんだ…と知ったことの素晴らしさ…気付けたことに感謝です。

 

居酒屋やファミリーレストランで1つの料理がいろいろ展開されている…面白い料理などに出会う時に思うのはそれとそれをつなげてみたんだ~とか、この組み合わせを思いつくのすごい~なんて発想力の豊かさに感動すること多いのです。でも、元々違う形があって…それをつなげ合わせていくことで新たなことを生み出す…。

麻婆豆腐からマーボー茄子、マーボー春雨なんて展開が広がっていく…のも、これとこれ組み合わせてもいいのでは?など、新しいものを発想する力と言いながら、いろんな持っている知識を応用していっただけだよねぇ…。

いろいろ思いつける…なども、訓練しているから簡単にできることになるんだよねぇ…と思えば、訓練不足は新たな局面に新しい対応をしていくことが上手にできない…ってことか。料理だけで対応していける問題ではないかもしれませんが、単に料理できる人を育てたいわけではなかった…と言葉にできると、目指している水準によって対応が違うなぁ…とわかったのでした。

 

1時間で調理実習…なんて、やっていたよ…って思うけど、調理技術等がない状態で1時間調理実習って身につけることが本当に少ないだろうなぁ…と思っていたら、1時間設定が無謀かもなぁ…。調理能力が下がっているのに、時間は短縮…。

 

でもね、書きながらそうやって思いだしたとき、ちゃんと前提能力として調理技術がない人に1時間は無謀だよねぇ~。1品でも仕方ない…けど、あと思うことは…そんな1時間なら1品でも、。2時間続けることができたら3品とか4品でもできるかもしれないのに…。た教科の先生方の協力が得られない学校で、生徒の学習効果を上げるよりも、形こなす方が簡単なのかもねぇ…等も考えたのでした。

 

はぁ…。

 

まぁ、スタンスの違いを思えば、やりたいことも変わる…。そんな思いをいただいたのでした。

 

写真で見た檜なぎックの話など面白そうでした。

 

 

 

 

調理と脳科学と

サーストンの多因子論というものがあります。

その理論は、知能の研究をそれまでのものと大きくかえました。

 

もし、それまでのものに固執しているのなら…不幸せかも…。

いろんな価値観があることを受け入れてみることで、可能性が広がるかもしれません。

 

 

それに基づく集団式知能テストが多く…。その例としては、「職業適性検査」があります。

この多因子論では、人の能力はIQのような1次元の総合的な指標ではなく、何本かの独立したものさしの上にプロフィールとして表されます。

IQの高低ではなく、どの能力にすぐれ、どの能力に劣るかが、きめ細かくわかるというのです。。

つまり、多次元的表現で知的能力が示されているということです。

 

基本的精神能力
S:空間因子 (図形や立体を知覚する能力)…………空間的関係の理解
N:数因子 (単純な数の演算能力)……………………計算などの能力
V:言語因子 (語の意味把握や文章理解力)………言葉を使う能力
P:知覚因子 (知覚の速さに関する能力)……………知覚するスピード
R:推理因子 (論理的能力や掲画力)…………………推理する能力
W:語の流暢因子 (語を速く柔軟に使う力)…………なめらかに話す能力
M:記憶因子 (機械的な暗記力)………………………記憶する能力

 

学校での評価って、M:記憶因子に著しく?まだまだ偏っているかなぁ…。特に、大学入試の多くは偏っているよなぁ…。ようやく「推理因子」が入ってきている?入っていたものも以前からあったけど、暗記力を問う入試問題が多いのは事実。それで考える力がない学生が多いというのは、集め方もまずいと思いますね。学生を選考する基準が暗記力でしかないのなら、暗記力がある人を取っている。そこには、推理力等考える力を測り、学生を集めようとする姿勢がない結果だと思います。大学の生徒募集の姿勢と大学で学んだ結果として、その大学の学生は企業等から考える力がないと評価されているとも取れますね。単純に生徒達が解きやすいように…また、生徒達が受けようとするように…なんて高校生が勉強しやすいように(=暗記して対応しやすいように)した問題を出題していることは自分たちが暗記力だけの学生を欲していると言っているにすぎないと思いますね。

ちなみに、「数因子」を求めている…入試ももちろんありと思いますし、「言語因子」を求めている入試もあると思います。なんて、他の因子も求めている入試もあるとは思いますが、記憶さえできればいいような入試…それで集まってきた学生を批判って、企業が採用するのに大学生の本質を見極めきらなかった…というのと同じで、求めるときに見抜く努力を少々怠ったことに通じるのでは?

脱線…

 

言いたいことは、そんな選抜の仕方ではなく、現実にその力をどうしたら身につけることができるか?ということ。

 

脳科学的に…というか、流行っているよね…。脳科学の領域なのか、認知心理学の領域なのか…?よく分かりません。

ただ、脳のしくみをよく理解し、どのような対応をするかを検討する。ただそれだけですよね。
前頭前野は記憶や学習などをコントロールしているところで、ものを考えたり判断したりするときに働くとドンドン詳しくわかってきているようですね。前頭前野は「脳というコンピューターの中のコンピューター」といわれるくらい大切なところ。「頭がよい人」と言われるは、この前頭前野が発達していると考えられています。

人間と動物の脳を比べたときに、多く違うのは、「前頭葉」の中の「前頭前野」と呼ばれる場所。人間の前頭前野は大脳の中の約30%もしめていますが、動物の中でもっとも大きいチンパンジーなどでも7~10%くらいしかないのです。
チンパンジーと比較しても仕方ないとは思いますが、テレビを見たり、コンピューターゲームをしたり…いろいろな情報が入ってくるので、脳が刺激されて活発に働いている…だから、子どもに教育番組などテレビを見せているといいのでは?など、思っている人が多いからでしょうか?また、近年ではiPADを子どもに持たせて遊ばせている方も増えていますね…。タッチパネルだといいのかなぁ~?なんてわからないから、どうなんだろう…?と考えはします。ただ、実際に、テレビを見るコンピューターゲームをするという際には、脳のごく一部だけしか使われていなくて、前頭前野はあまり使っていないことがわかったそうです。ん…前頭前野を鍛えるには至らない…。

 

調理による脳の活性化について研究成果を発表

子どもの生活習慣と脳

調理が前頭前野を活性化させるという研究をされたものがデータとして出てきていたのですが…

豊かな人間性を培う家庭教育の在り方- 家庭教育の方法とその内容についての一考察 –
    指導主事 高 崎 隆 一

にあるのですが、前頭前野を必ず活性化させるとは限らないという事実ももちろん見逃してはいけないと思いますね。

 

失敗させないためのマニュアルを見て動くだけで完璧!みたいな調理実習。火加減もありとあらゆることをすでに教え込む。

絶対に失敗させない…と、料理教室では失敗は許されない…。マンツーマンなど少人数では教え伝える…ここで失敗はなくても、本来は実際に自分でさせると理解できていないところで失敗するはず…と思うのです。それを失敗させないイコール全て教え込む。これでは脳は活性化しないと思います。なぜなら、単に単純作業として書かれている通りをするだけだから。

 

沸騰するまでにどのくらい時間がかかるのか、火加減は?など、本来は考えて作業するということをしています。だけど、すべての行程を言われたように動くだけ…そんな学び方をして考えずに調理している人たちの後を請け負うとき、なんでこんなに受け身で調理するんだ~?と思うのです。また、自分で考えて動く人との違いは何だろう~?ってね。上手でなくても、言葉を自分なりに理解して動いて失敗する…それを大人が恐れすぎた結果として、子ども達が失敗を大きな恐怖と捉える…そう育っているという指摘もありますね。調理だけの話ではありませんが、そんな調理恐怖症をつくるのは結構簡単。

 

料理教室で、教えられている時はできる気がするけど家に帰ったらやっぱりできない…だからずっと通い続ける…これはとっても営業的にはいいと思います。ただ、その循環を生み出している料理教室はどんなことが身につかないか?考える力が身につかないと思われます。つまり、前頭葉を使わずに…ただ作業しているだけ。ポイントもコツも言われた通り…。

 

力を込めて、火加減をきちんとすべて押さえて伝えた…など言われうと思うのです。「バッカじゃない…」

火加減は状態に応じて中火も強火に近くしないといけなかったり、弱火も強火で対応しないといけない…と判断したり…。指示待ち君にしないためには、状態を見て判断させないと、弱火でやっていたのに…と人のせいにして考えずにマニュアル通りやったという料理をつくる…そんな人たちとたくさん出会いました。

その結果への感想というか、私の考察。

とにかく、失敗した方がいいんじゃない?

水分が飛ばないように配慮しての弱火とか、焦がさないための弱火…など、なぜそうするのか?それがわかってからの作業。臨機応変に状態を見て対応すると思うのです。

尋ねられるのが面倒だから…人数多い対応は大変!確かに。でもね、それよりも問題なのは、失敗させないで成功させる怖さ。

失敗しないで成功体験…何事も何度も失敗してうまくいくようになる…という学びを無視して何でも1回でうまく行かなければならない…。大人の他者からの評価(指導できない)などを意識した強迫観念から生まれる失敗させないための指導には、生徒の成長は少ないと思うのです。

教員の自己満足はあっても、実際にそんな人たちの指導したあとの生徒たちを対応する…私だけではありませんが、そんな体験をした時に全く動けない…そんな生徒たちに唖然とする体験は多いのです。

 

ではなぜだろう…?をつきつめていった時に、失敗したことがないからかも…?なんて思ったのです。

強火で沸騰させ続けて水分がなくなったものを食べた…食べなくても水を足せばいいのでしょうけど、そんな現象に対する理解が乏しいから、火加減も気にしない。状態を見ない。そして、「書いてある通りに作った」という。ならば、書かない方がいい。

なんでも書いて伝えて…マニュアル通りに動く指導をするようにして…と指導する自分の力量に自信がないから…とされている話を聞きながら、確かに…私も試行錯誤…そうしていたこともあり。だけど、上達しないんだよね…その場さえこなしてくれたらいい…。それって、高校で大学さえ通ってくれたらいいという発想と似てない?

 

考える力とか言っているけど、一番の足かせは、教師の失敗を恐れる姿勢というか、どうしたらいいか?と生徒をベルトコンベアーに乗せる方法…つまり操り人形に仕上げる方法の研究は余念がないけど、実力つける為の研究はしない…といばって操り人形にする指導のためのテキストを発表した人を思いだしました。だいたい、これをいいという人は、調理を教える力がない人だけだよ…ってね。当人の話もほんとうにわかっていない…って、何がわかっていないかというと身につけされたいことは何かというポイント。一番最低な方法だと私は思っています。マニュアル君作り。

調理実習で学習した内容が充分に活かされないま. ま,大半が忘れ去られている…忘れさせるようにつくったテキスト。覚える必要性がない。自分で記録も何もしない…これは、学習ピラミッドのどこに位置するか…?行動をしていても、頭を使っていないに分類される…ってね。ただ、これは料理の本特に、苦手な人用として売られている本の体裁と似ている。つまり、うまくならずに本を買わせるためには有効な手段かもね。

 

時間内に実習さえすればいい…なら、一番簡単だけど、実力つかないよ…。

こんな指導をしていては、就職難直撃コースに行けそうですね。

 

 

前頭葉を使いながら、調理するためには…?

教師が指導楽イコール失敗をさせない。

 

失敗を1回くらいさせた方が次からの伸びは大きい…くらいに構えることができない…大人が増えているからかなぁ…なんて思わされる話はたくさん。多分、料理だけでなくいろいろがそんな感じになっているのでは…?もう布に線が引かれた被服実習。工作などもそうかもね…。

頭使わないででき上がりがいいように…と仕組んだ結果の考える力のない若者たち育成結果と考えない若者…って言われる話を聞くのでした。もちろん、学校が全てではない…一番大きいのは家庭での学びと思ってます。

 

 

 

72の法則

「72の法則」なんて、学校で習わなかったなぁ…。そう思うのですが、知ったときの感動…というか、知り方が数学ではないから感動するのでしょうか?

一番感動…というか、へぇ~はそのもののこと。

だけど、コレを発見したのはアインシュタイン?と、コレは違うみたいですね。

イタリアの数学者で、「会計の父」とも呼ばれるルカ・パチョーリが1494年に『スムマ』と呼ばれる数学書で述べたとされているそうですね。

資産運用において元本を2倍にするときのおおよその年数、金利が簡易に求められると言われる法則のこと。

 

金利(%)×年数(年)=72

 

と、これって必ず!というわけではなかったようですね。

まぁ、アバウトコレでいいだろうって思いますが。

72の法則では、

金利10%なら、7.2年

金利7%なら、約10年

金利5%なら、14.4年

金利2%なら、36年

金利1%なら、72年

金利0.5%なら、144年

金利0.1%なら、720年

金利0.02%なら、3600年

……………

 

 

72だろうが、69だろうが…と思うのですが、この法則の詳細が大切なのではなく、この計算の意味が大切。

 

ちょっと違うとは思うのですが、そうめん流しの話。

 

銀行の人たちがすくって…その後残って流れてきているそうめん…。

 

 

金利のこと、広告などで見ながら思うのです。

こんな状態でも、銀行に預けるか?という話と。

銀行に預けるって話。

そして、海外の銀行の金利の話が出て、そちらがいい?

 

よくわからないで情報に振り回されている人…

そして

かたくなに銀行のことを信じている人…

そして

 

本当のところ何がいいのか?

本当は、何がいいのか?より、ちゃんとどうしていくか?考えて判断して…自己責任

 

 

知っていてお金を銀行に預けている…はいいと思うのです。だけど、どうにかなるだろう…って、とりあえず考えずに預けている…。

昨日だったか、本屋さんでぱらぱら立ち読み。

どの本だったか…ベスト10に並んでいたんだけど…どれだったか…

ぱらぱら読んでいて、思ったのです。

自己責任と自分はどうして行きたいかを考えることがうまくできないで…その先にあるのはどんな未来なんだろう…?

 

私も必ずインフレは来ると思うのですが、いつなのかなんてわかりません。

ただ、どう対応していくか?

ユダヤ人の教え?

 

 

一番の投資は…?

 

こんな話とは無縁に幸せを感じる心を持つことかもしれない…となんとなく、大切なことはそんなことかもしれないなぁ…。

対処ではなく、ただ、お金と幸せはくっついていない。その事実をちゃんと自覚した上で、お金のことを考える…それが大切かなぁ…。

なんてね。

 

 

カール・フロイデンベルグ

「フロイデンベルグ」と教えていただいたので、調べてみる。

 

カール・フロイデンベルグ社が皮革製造業から手を引いたために、今後もう二度と作られることのない素材って…ブログで書いている人がいるくらい有名なんだ…。

 

ドイツのカール・フロイデンベルグ(Carl Freudenberg)社のことなんだ~

 

サルツレザーや、ドイツ・カール・フロイデンベルグ社の最高級のドイツボックス、クロム革ではこれまた最高のイタリア・フラスキーニ社のソフトカーフやキップ、フランス・コスティル社の白ヌメ。みんなぼくがサイフを作ってきた革だけれど、会社が整理されてしまったりして、もう見ることができなくなってしまった革たちだ。

 

ふーん…

 

過去に有名ハイブランドなどで採用されていたドイツの名門カールフロイデンベルク社は数年前に、製造停止。

しかし、新たに同社の職人達がポーランド工場設立に参加。再びその洗練された技術を使い、高級皮革の提供を開始しています。

この文章も見つけた。へぇ~

 

ボックスカーフ(滑らかな皮革)の最高峰だったのですか?って、ボックスカーフがイマイチわからない…。

ボックスカーフといえばドイツボックス。ドイツボックスと言えばカール・フロイデンベルグというくらいの高級革なんですが、ドイツの環境配慮による制限から従来の製革工程を続けられなくなり、皮革産業から撤退したそうです。

こんな文章も発見。

ドイツ「カールフロイデンベルク社」の職人たちが集まって作られたタンナー「ワインハイマー社」の「ワープロルックス」。

これも見つけた文章。

 

これらをつなぎ合わせて創造できることは、

ドイツ「カールフロイデンベルク社」は皮革産業から撤退し、職人たちがポーランドに「ワインハイマー社」を設立した?

 

ボックスカーフ

 カール・フロイデンベルクの固有名詞が一般名詞として定着 ボックスカーフとは、生後3~6ヶ月の仔牛の革にクロームなどを施した革の一種です。なめし液の中に浸ける時間が約2時間と短いので硬さが残る反面、適度なハリがあって、特殊なコーディングを施してあるのでキズも付きにくいです。もともとはドイツのタンナー、カールフロイデンベルク社製のカーフを指していましたが、次第に他社でも手掛けるようになり、同様の品質を持つカーフの一般名称としてこの名が用いられるようになりました。
牛革の種類と説明に書いてありました説明です。

デュプイ社

モード界のメゾンブランドが集まる国だけあって、非常にエレガントなレザーが好まれるのが傾向のようだ。なかでも生後3-6ヶ月の子牛にクロム鞣しを施したボックスカーフが有名だ。

これは、クロムの槽に革を浸けるピット鞣しの一種だが、浸ける時間が短いため、適度な硬さと軽さが特徴だ。

本来はドイツのタンナー、カール・フロイデンベルク社の得意技だったが、同社が皮革産業から撤退したこともあり、現在はフランスのタンナーが、その手法を継承している。

1948年創業のデュプイ社や同社から独立したアノネイ社といったタンナーが、この手法を得意としている。

 

タンナーとは、皮から革を作る仕事なんだそうです。

 

とにかく…って調べて見たら、フロイデンベルググループというサイトに行き着きました。そこで書かれていたこと。この会社は最初、皮なめし工場だったようですね。

 

よくわからないけど、カバンも何も、革一つからのこだわりがある…そんなことを知りました。

カバンに使われている革がどこのものなのか…なのかも、神経を使って選定している…そんなことを知ってどうするか?

よくわからないけど、こんな風に素材からこだわって…という世界はなんとなく理解できそうな気がして、牛皮ひとつも奥が深いなぁ…。

 

よくわかっていなかったけど、えらく勧められて購入したバッグが10年以上現役で重たい荷物を運んでくれて…。

きれいにお手入れしてもらったのでした。感謝。