H16 食物

16年間学習指導計画(食物)

食物1

食物2

食物3

3年調理実習3回

3年調理実習4回

3年調理実習5回

3年調理実習6回

3年調理実習7回

3年調理実習8回

3年調理実習9回

3年調理実習10回

3年調理実習11回

3年調理実習13回

3年調理実習14回

3年調理実習15回

3年調理実習16回

電子レンジ

栄養計算

食物ラスト

特別選択

H16年度 被服製作

H16スカートデザイン

デザイン資料

H161学期評価基準被服

H162学期評価基準被服

H162学期計画被服

平成16年2学期2年「被服製作」

被服製作3学期課題

被服製作第1回平成16年[1]

被服製作第2回平成16年[1]

被服製作第3回平成16年

被服製作第4回平成16年

被服製作第5回平成16年

被服製作第6回平成16年

被服製作第7回平成16年

ゆかた評価

 

ゆかた

このデータは、2カ所必ず訂正して使う。

1カ所は、図が落ちている。

1カ所は、襟の所。教科書通りに図を示しているが、このやり方でうまくいかなかったので、相談したところ、この通りにすると浮いて当たり前と教えていただいた。

洗剤ー

色彩ファッション

2年ワンピース

人間形成と食育・食教育 

人間形成と食育・食教育―食のいとなみがからだをつくる・心を育てる

2002年1月1日発行の本。ですから、10年前の話。

 

1996年、長野県の小中高校の人達が共同で教育調査を行ったんだそうです。

その結果が書いてあったのですが、

「生まれてこなければよかった」と思っている子どもが、小学校高学年と中学生で20%から25%いたのだそうです。

また、同じ調査で

「あなたはもう学校に来なくていい、自由にしていいと言われたら何をしますか?」

→ 「朝から晩まで寝ている」と答えた子がほとんど

「後輩に言い残したいことは」

→ 「学力や偏差値が上がったさがったということは一切意味がないから、こういうことは考えない方がいい」

 

読んだ時、それはそうですねぇ…なんて思って読み進めたのでした。

でも、今はどうだろう?10年たった今。

こんな質問をして…まとめているデータがどこかにあるのかなぁ…。

 

食べ物に対する無関心がありますから、実際のモノと知識や言葉が一致しません。言葉だけが浮遊して、今の言葉でいえばバーチャルリアリティーの状態が子どもに現れたと言われるようになったのは、70年代くらいからなんだそうです。

稲と麦の区別がつかない子どもがいます。

鶏の脚を4本描く子ども達もいます。家で鶏を飼っている農家の子どもですら、脚を4本描く…

こんな事実に対して、この本では結論として書いている言葉

ですから、子どもたちは意識して見つめてはいないのです。親の生活や地域の人々の暮らしに全然、関心がないのです。ですから、目を開いていても何も見ていないという生活状態になっているのです。

本の文章のまま。「ですから」が気にはなりますが、とても面白い指摘だと線を引いていました。

 

ルソーやフレーベルなども出てくる。

この本によると、

ルソーは、食教育=健康教育=主権者教育つまり政治教育、としっかりつながって枠組みをしているとのことです。

ルソーの『エミール』を読んだことはありません…。でも、その『エミール』は、革命が起きて新しい世の中になるだろうと予感したところに書いた本なんだそうです。

そして、その『エミール』の中で、新しい時代の人間を育てるにはどう言う教育をしていけばいいのかということを、家庭教師とエミールという男の子との関係で描いているのだそうです。

と、私はホント、『エミール』を読んでいないので、ただただ、へぇ~って思うのですが、こう書いてあります。

食事をするということは、自己保存つまり自分の命や体を守ることです。それが食の基本です。自分の体なのだから自分でちゃんとできなくてはいけません。これはそのまま健康教育と言えるわけですが、それができないで、どうして来るべき民主的な共和国の主人公に慣れるでしょうか。自分のこともコントロールできない、自己保存や自己教育もできなくて、どうして国家・社会の主権者になれるでしょうか。これがルソーの主張です。つまりルソーの食教育とは、民主的な主権者を育てるための基礎的な教育の過程であると位置づけられるわけです。

 ルソーが自己保存の教育として大事だと言っている食教育のひとつは、自分の身体感覚に敏感にならなくてはいけないということです。おなかが減ったときには「腹減ったー」です。おいしいものを食べて満たされた時は充足感を満喫します。そんな身体感覚を作らなければいけないというのです。だから、働いておなかが減る、運動しておなかが減るという生活をしなければいけません。ルソーは、そうした体、感覚、完成の教育を重視しました。

 また、味覚を育てるために、ゴテゴテしたものを食べさせてはいけないしています。食材そのものの味がわかるような子どもに育てなさいと言っています。自分にとってどんな食べ物がいいのか、どんな料理がいいのアkということを自分で判断して選択できるような子どもにしなければいけないのです。

 最後に、自分の食卓に並べられている食べ物は、どれくらいの人々のどのような手をとお手、この食卓に並んでいるかということをちゃんと理解できる子どもにしなければ、新しい民主的な社会の主人公・主権者にはなれませんよと言っています。

だそうです。

そして、ペスタロッチ―という人が、このルソーの食教育論に共感し、「パンがどこから来るかも知らないことこそ、現代教育の欠陥の中心点である」「これを知らないで、人間の知識とは一体何であろうか」と述べているんだそうです。

『エミール』という本が書かれたのは1762年。

 

“Qu’ils mangent de la brioche”

マリー・アントワネットは、フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、発言したというこの言葉は何年の言葉でしょう…?と思わされました。本当は、ルイ16世の叔母であるビクトワール王女の発言だとか。でも、この言葉をマリー・アントワネットが言ったとうわさを広めることの効果を思わされますね。

 

いろんな食にまつわる事例はたくさん載っているのですが、ルソーまで話が及んでいる凄さ…。

ルソーって聞いたことがあるけど、政治か経済の世界の話…としか思っていなかったのに、ビックリです。

 

そんな風に調べたら… ジョン・ロックって、この人も世界史で習った名前…って、食にまつわることをおっしゃっていたのですねぇ…

イギリスの哲学者ジョン・ロックは,その「教育に関する考察」(1693年)の中で,子供の食事に関して,肉類はできるだけ控えるべきであり,牛乳,ポタージュ,かゆ等の食品が子供には適している,といったことを述べている

そして

子供に適した食べ物とは,子供にとって自然な,すなわち自然の好みにしたがった食べ物であり,裏を返せば,自然人の食べ物ということになる。また,私たちの文脈に即して言えば,人間が本来(自然状態において)食べるべき物なのである。

この文章はルソーの文なのだそうです。

人の性格や気質が食べ物の好みにも反映する。もしくは食べ物が人間の性格にも影響を及ぼし得るという考え方は,18世紀において,かなり広く信じられていたようである。

なんてことも述べられていました。

ルソーにおける菜食の思想と自然意識 』 田中恒寿

http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/137803/1/fbk000_024_061.pdf

 

 

 

 

無限の洞察力と問題解決力を引き出してくれる

時代を先取りするための分野別バイブルと本が紹介されています。

 

その中の、内田和成氏(早稲田大学大学院商学研究科教授)の文章が面白いなぁ…と思いました。

 

最近、私が教えているビジネススクールの応募者が増えている。また、各種セミナーや企業の幹部向けエグゼクティブプログラムも盛況だと聞く。世間では、「経営学を学びたい」という機運が高まっている。

しかし、自らのキャリアアップを目指したかつての「MBAブーム」とは質が違うように思える。今なぜ、経営学に関心が集まっているのか。「このままでは日本企業はダメになる」と考え始めた人が多いからではないだろうか。

という、始まり。そうなんだ…って、経営学を学びたい人の意識って昔と違うんだ…と思う時、今は危機感?

 一昔前だったら、上司の背中を見て学び、それを踏襲していれば順調に昇給・昇格した。経営者も同じで、経営環境はさほど大きな変化に見舞われることはなかった。他者と同じような手を打つだけで、社長の椅子は安泰だった。

ということが書いてあって、それでは難しくなっているんだ…と思ったのでした。

まぁ、そうならないとおかしいよねぇ…ってね。

 

時代は変わっていってるのだから、本当は上司の100%踏襲を何年も…繰り返したら10年で古い時代遅れのはず。

ちょこちょこ…90%踏襲で、ズレを補正…などをやってきているところは、対応していってるのでは?なんて思うのです。それなのに、100%踏襲っていちばんおろかな話をしている人達を評価して…時代についていけていたのか?そこで問題が上がって…ジエンド。

100%転換みたいなはなしとなったのでした。

状況は一変し、激変、激動の時代に突入した。

ビジネスパーソンも経営者も、今までと同じやり方を続けることが大きなリスクとなっている。

いつ、何に対して、どんな手を打つべきか。自分の頭で考え、臨機応変に実行しないと、会社も個人も生き抜けない時代になった。

ホント、多くの方がこう思っていたら、変わっていくのかも…。

 

こうした状態に対処するには、そう、学ぶしかない。

学ぶには「歴史に学ぶ」「別の業界に学ぶ」「海外事例に学ぶ」などの手法があるが、それらを全て包摂するのが「本を読んで学ぶ」やり方なのだ。

これは本当に…本を読んで学ぶの本は手段でしかないですよねぇ…。

 

そこで私が普段から行っている経営書を読む際の3つのポイントを伝授しよう。

そんな言葉で3つ書かれています。

 1つ目 正解をさがすな

正解はあなたが自分自身で導き出すべきであり、本はそのためのヒントや発想法を得るために読むべき。

2つ目 インサイトを得るために読め

情報はすぐ陳腐化するが、洞察は他の減少を考察する場合にも利用できる。その洞察パターンをいくつ知っているかで、問題解決力は大きく変わる。

3つ目 自分の文脈で読め

自分は何を知りたいのか、何に悩んでいるのか。常に問題意識をもちながら、読むべき本を紐解いている。

こんな感じに書いてあるかなぁ…と適当に抜粋。

 

この文章達が面白くて、この人の紹介している本に興味を持ってみました。

 

ネクスト・マーケット[増補改訂版]――「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 (ウォートン経営戦略シリーズ)

  

違う本なのかしら?

決断力 (角川oneテーマ21)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)

戦略不全の論理―慢性的な低収益の病からどう抜け出すか

 

すぐれた意思決定―判断と選択の心理学 (中公文庫)

 

この6冊のうちにいくつかは中古しかなさそう…。