黒文字 爪楊枝

黒文字について知りたいなぁ…と調べてわかったこと。

黒文字は、爪楊枝の一つに扱うんだ…。

そして、爪楊枝のイメージが少し変わったのでした。

 

黒文字というのは、木の名前に由来する…って、写真を持っているはず…と探し出せたらこの文章と一緒にくっつけておきたいなぁ…と思うのです。クスノキ科の落葉低木。

若枝は毛があるのだそうですが次第になくなり、緑色のすべすべした肌になって、黒い斑点が出てくることが多いんだそうです。そして、古くなると次第にざらついた灰色の樹皮に覆われるんだとか。年間を通して見たことは私はなく、たまたま、これが黒文字よ…って、教えてもらって見たくらいしか知りません。

黒文字の名は、若枝の表面に出る斑紋を文字に見立てて着いたと言われているそうです。古くから、この木を削って楊枝を作っていて、特に根元に皮を残すことが上品とされていたんだとか。和菓子で使われている黒文字って、市販されていますが切りたてが最上とのこと。先日、宗匠さんが講習会で黒文字をどのように削るかと少し話題それてお話されていることを聞きました。

切りたてが最上…と言ってもできないけど、使う前に水に浸して、色と香りを引き立てることも大切。水でぬらすことは、お菓子などが黒文字にひっつかないようにするためでもありますが、濡らすことで香りも色もよくなる…。

さて、黒文字の歴史は…?なんて思って調べていたのですが、まだよく分かりません。古田織部が用いたのが始まりと書いているサイトもありました。ちゃんともっと調べてみないといけないなぁ…と思いながらここに記録代わりに書きます。

 

黒文字もいろんな長さがあり、どう使うのかなぁ…というのはバランスの問題みたいですね。

4寸がお菓子切れもいいと書いてある物を見かけました。多分これは茶菓子を食べるときに添えるのによくつかわれているものの長さかなぁ…?

ただ、銘々皿や縁高に添えるときは、5寸、6寸がいいみたい?要するにお皿やお菓子とのバランスなのでしょう。

また、食籠・盛込鉢の菓子器に添える黒文字としては8寸…なんて書いてあった。

目安に記録しておけばいいかな…?

 

【爪楊枝の歴史】多分、私がみたのはこのサイトではないと思います。だけど、写真がついているのでリンク。

私が知り得たお話を記録まで…あっているのか?わかりません。取りあえずのメモ。

爪楊枝の誕生は、およそ10万年前だとか。ネアンデルタール人が、楊枝を初めて使ったそうです。ネアンデルタール人の歯の化石に、縦の筋が見られて、堅い楊枝で歯をこすった跡だろうと推測されているんだそうです。

ちなみに、チンパンジーの中にも、木の枝で歯を磨くものがいるとか。並べて記載すると変かなぁ…?

 

爪楊枝って実は伝来モノで…という確かに何でも起源はあるでしょうけど、ネアンデルタール人まで遡られると絶句です。

ただ、日本にどうやって伝わってきたか?それは、奈良時代(西暦630年頃と書いてあるサイトもありました)に仏教と共に伝来したとか言われているそうです。

紀元前500年ごろに、お釈迦さまが木の枝で歯を磨くことを弟子たちに教えたんだそうです。それで、仏教では、僧侶たちが常に身につけておくべき第一に楊枝が出てくるんだとか。

一応…ホントか?わかりません。

面白い記事だなぁ…と歯科に関する新聞記事みたいなものをサイトで発見したのでした。

東洋医学における薬木の歯ブラシ「楊枝」

歯磨きに使用する木を、サンスクリット語でダンタカーシュタ(歯の木)といい、中国では、歯木・楊枝と訳するそうです。

ということで、日本に仏教と共に伝来も理解できる話になりました。

 

ちなみに、「ダンタ」は英語の「デンタル」の語源だそうです。現在、インド数字でダンタは「32」、歯の本数!

全く関係ない話かもしれないけど、雑学はくっつけて記録しておいた方が役立ちそう。

 

ようやく発見…、恐らくこの(株)広栄社の爪楊枝資料室のサイトを私は見たのだと思います。メモの状態になっていると、大元がわからなくなってしまいますね…。

 

僧侶→誰?

仏教とともに伝わってきたのなら、日本でどのように広まったのだろう…?

僧侶から貴族へと広まったみたいです。右大臣 藤原師輔(908~960)が、『九条殿遺誡』という書物の中で、作法として子孫に伝えているんだそうです。

「九条殿遺誡(くじょうどのゆいかい)」
先ず起きて属星(ぞくしょう)の名字を称すること七偏(まず起きたら、陰陽道の属星の名前を七回唱えなさい)

<微音(ちいさな声で)、その七星は、貪狼(どんろう・とんろう)は子の年、巨門(きょもん)は丑亥の年、禄存(ろくぞん・ろくそん)は寅戌の年、文曲(ぶんきょく・もんこく)は卯酉の年、廉貞(れんてい・れんじょう)は辰申の年、武曲(ぶきょく・むこく)は巳未の年、破軍(はぐん)は午の年なり>

次に鏡を取りて面(おもて)を見、暦を見て日の吉凶を知る。(鏡を取って顔の様子を確認して、暦を見て、その日の吉凶などを確認する)
次に楊枝を取りて西に向かひ手を洗へ。(次ぎに楊枝で歯を磨いて、西側を向いて手を洗え)
次に仏名を誦して尋常に尊重するするところの神社を念ずべし。
次に昨日のことを記せ<事多きときは日々の中に記すべし>。

ちなみに、『九条殿遺誡』は 国立歴史民俗博物館蔵だそうです。藤原の師輔は藤原道長の祖父と覚えた方が、記憶に残しやすいかなぁ…。

 

仏教伝来はもっと昔の話だから、記録として残っているモノがない…としても、もっと以前から楊枝は生活に入っていたのでしょうね。

 

楊枝が庶民に伝わったのは平安末期?

室町時代の田植え唄に「けふの田主はかねのようじをくわえた」や「楊枝木には南天竺のびわの木」などの言葉が出てくるそうです。

ある意味凄い…。こんな生活の些細なことも知りえることができるって、文字のお陰ですね。

 

日本では楊枝とは丸いものだ~と思っているのですが、世界では丸い楊枝よりも平楊枝が主流?世界中では平楊枝を使わないのは日本だけと書いてあるサイトを見つけました。

 

『小笠原流躾方百箇條』という中に、楊枝のことが取り上げられているのだそうです。

また、『都風俗化粧伝』の身嗜の部分にも記されているそうです。

『三礼口訣』の食礼の項に、房楊枝と楊枝の使い方が示されているとか。

『婚礼道具諸器形寸法書』にも楊枝についての記述があるそうです。

 

黒文字楊枝広める

『楊枝から世界が見える』(全4回シリ-ズ)の一部を紹介しますと株式会社・広栄社 社長 稲葉  修 氏の講演が紹介されていました。

 

語源由来辞典の爪楊枝のページサイトには、次のように書かれていました。

「楊枝」は、元は歯の垢を取り除き、清潔にするために用いられた仏家の具で、「総楊枝・房楊枝」と呼ばれた。

「楊枝」の名は主に「楊柳」が素材として用いられたためで、総楊枝は先を叩いて「ふさ」のようにしたためである。

爪楊枝の「爪」は「爪先の代わりに使うもの」の意味。

「爪先」、着物の「褄」、動詞「つまむ」などと同源で「物の先端」が原義である。

爪楊枝を「黒文字」と呼ぶのは、黒文字の木で作られた楊枝を指して言ったことから。

日本には、奈良時代に仏教が伝わった際に楊枝も伝来したと言われるほど、仏教と楊枝との関係は深く、お釈迦さまも木の枝で歯を磨くことを弟子たちに教えたという。鎮痛解熱薬として用いられる「アスピリン」という物質がヤナギ科の植物に含まれていることから、噛むことは虫歯の痛み止めに聞くと言われるが、現在は樺の木が使用されているため、その効果はないと思われる。

また、爪楊枝の先端の反対側にある溝は、製造過程で焦げて黒くなってしまうことから、こけしに似せてごまかすために入れられたものである。

と、書かれていました。

昔、千利休が庭のクロモジ(黒文字)をおもむろに小刀で切り削り、茶室にてお茶菓子のための楊枝に用いた!って本当?詳しい方教えてくださいませ。というツイッタ―でのつぶやきを発見。私も教えてほしい…。

少なくとも、黒文字を削ってお出しするという話は今でもされていることを先日お聞きしたのでした。

 

実は黒文字には、殺菌効果があるのだそうです。

最初に黒文字をそのような用途に使ったのは千利休だと言われているのですが、

千利休は、殺菌効果があることを知っていたのでしょうか。

そのようなことが、近頃話題になったそうです。

先生は、千利休は黒文字に殺菌効果があることを知っていたと思うとおっしゃられました。

これは、ブログで書かれていた文章です。

和菓子の「機能美」に注目する。黒文字を入れたときの固さ、口に運んだときのやわらかさ…。一方で、四季感漂う優美な容姿も、京菓子には欠かせない。「千利休は渡り六分に景気四分、古田織部は渡り四分に景気六分」。庭の飛び石について、機能と見栄えのどちらを重要視するか、バランスの大切さを説く言葉だが、和菓子も同じではないかという。

これは建築家の方の文書です。機能美と容姿、絶妙のバランス建築家・中村義明さんが書かれているサイトにあった文章。

 

黒文字は豊臣秀吉の時代に茶人である千利休が御茶事の菓子用にこの材料を用いたのが始まりとされる。木の皮を残したようじであり、香りのよさ、緑色の木の皮と削り口の白さの美しいコントラスト、また手作りによる歯あたりの良さで人気のものとなった。

このように書いてあるブログもありました。

 

今年の、夏号に載っていた記事です。「KUROMOJI」(黒文字)って知ってますか??これ、日本原産の木です。とても、しなやかで折れにくいことから、江戸時代から楊枝として、愛用されていたそうです。

千利休も、この黒文字の楊枝をお茶会で好んで使ったそう。今でも、和菓子屋さんでは使っているところもあるようですが、この楊枝職人がだいぶ少なくなっているみたいです。

これは、アロハセラピーというブログの2009年10月の記事です。こんな風に書いてあった。

 

検索している中で見つけた資料。これはもしかしたらここには関係ないけど、見つけたついでに…。

食文化ツーリズム論

 

外務省が茶の湯について紹介している文章を見つけました。日本語だけど、英語バージョンもあるはずでしょう…。

外務省茶の湯

 

黒文字のことで千利休がどうのこうの…って文献をさがす…ってインターネット上では難しそうですね。探せば見つかるだろうなぁ…とは思いますが、取りあえず知りたい情報は発信しておくとどこからともなく知る機会を得ることができるとか。

 

貴人のお茶という普通の人のお茶ではないお茶の話があるのですが、その貴人のお茶では茶碗も確か新しい初おろしの茶碗を出す。ということで、どんなに名物の茶碗をそのお茶席で使用したとしても、貴人に対しては初おろしの茶碗だったと(過去形でなく今でもそうだろうとは思いますが…)。その人だけのために用意する…一期一会の心で言うのなら、黒文字もその日その人のために用意する一つの道具としては、削って用意しその日だけ使用は想像の範囲ですが当然なのかも…。

そんなことを何かに記されているかなぁ…って探そうと思うと、苦労するのでした。

 

あるサイトに書いてありました。その日に使われた黒文字を持って帰り、黒文字に日付を記録して保管していたと。その人のしていたことか、昔されていたことか…イマイチよく読まずに閉じちゃった…ともう一度と探し見つけることができていません。だけど、一期一会のおもてなし…っていう意味では、そうなのかもねぇ…。

 

どこかできちんと書いてある文章をさがそう…としたら、書物で探すしかないのでしょうね…それも書物にあるのかなぁ…?

 

黒文字が日本原木の木ということを書いてあるサイトを見て、そりゃ…中国から伝わるわけないか…と思わされましたね。また、黒文字の香りの話などを思うに、千利休が用いたという話も想像の域でも納得…って感じです。

 

そのうち、ちゃんとどこかで書いてあるものを見つけて続きを書こうって記録でした。

 

 

 

 

投稿者:

nova

novaは一人です。